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今日何度目かになる渾身の力で放った剣は、対象の狙った部分から大きく外れ、その汚い斬痕と共に抜けなくなってしまった。
斬り付ける角度が悪く食いこんでしまったのだ。その事実に顔をしかめるも、すぐに自分の未熟さを自覚し、ナルは溜息を吐く。
対象は動かない。斬痕とも言えない滅多打ちのような外見となったそれは、他のと比べ、だいぶ醜くなっていた。

固定されてしまった剣を前に、ナルはふと昨日のことを思い出す。
――昨日はとても危なかった。もう少しであの同居人に“これ”が見付かってしまうところだった。

まだあの男に見付かるわけにはいかない。少なくとも……そう、こんな不手際をしなくなるまでは。
今の自分がみじめなのは、誰よりもわかっている。けれど、わらわれるのは嫌だ。


――私はまだ“あなた”のように、心も体も強くないんです。


心に“彼”の姿を描き、そう呟きながら、ナルは食い込んだままの剣を引き抜いた。
この剣も玄関の飾り棚でなく、別の所に隠さなければならない。その事実に再び、ナルは溜息を吐いた。


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<庭園>から比較的近場の攻略が続くこの頃。例の如く早く帰宅するも、居るであろう同居人の反応は今日も返ってこなかった。
最近は早く<庭園>に戻れる日が増えナルが屋敷にいないことが多いため、必然自分がナルの帰りを待つことが増えている。

また何処かへ――<庭園>内での用事で、出回っているのだろうか。玄関にある飾り棚を一瞥し思考を巡らしながら、二階へと続く階段を上がる。

屋敷に戻る途中で出会った<庭園>内で暮らす小さな友達の報告を思い出しつつも、別段気に掛けることではなかった。
やましいことがなくても、一人になりたい時ぐらいある。――今の自分と同じように。

上がった先の廊下を左に曲がり、――たとえば秘密の鍛錬や、または憧憬を抱くことは、時として秘密にしたい事柄になる場合がある。――四つの扉を通り過ぎる。昼過ぎに帰ってきたということもあって、まだ日は高い。つまり時間は沢山ある。――そういう意味でナルの不在はレンツにとっても都合の良いことだった。――そして五つ目の扉、書斎の扉を開く。

何故なら自身もまた、今日こそあの本――セルフォリーフの諸事録を、読み解くつもりだからである。
もっと具体的に言うならば、憧れであり、目標でもある英雄ハルトムートのことを知るためだった。







何処か確信していたところはあったが、以前と変わらぬ位置に収まっていた無印のそれを開くと、やはり最初に手を取った時と同じ違和感がレンツの感覚を覆った。
原因はわからないものの不快なものではないので、さして気にすることもなくぱらぱらとページをめくっていく。いずれ全てに目を通す必要はあるかもしれないが、今探しているのは“彼”の項目だけなのだ。

そしてはじめに“彼”の名前が出てきたのは、『被害』の章だった。

つまり要約すると「“彼”は変異による被害の収拾に尽力した」ということだろう。同じように『被害』の章にある別の項目にも目を通すとハルトムートとその仲間のことが記載されているものがいくつかあった。

この本に記載された“世界の危機に立ち向かった英雄”と呼ばれた男は、『救援者』の章や『報告例』の章でもなく――勿論この本には『英雄』の章などなかった――『被害』の章で初めて、姿を現す。

その事実にやはり、というべきか、確信していたような納得を覚える。

――俺だって、そうする。


“彼”の存在を初めて知った時の、あの由縁の感覚が再び甦る。
「もし自分でも、同じことが出来た」とは思わない。だからこそ同じ選択をし、成し遂げた“彼”にこうも心が震えるのだ。

たまらず本を握る手に力が入る。多くの救援を受けた者の中で“彼”が英雄と呼ばれることになったのも、ただ世界を救っただけでなくこの意志が有ったからだろう。共に世界を救ったという仲間も、それに気付いたからこそ彼と行動を共にしたはずだ。

一旦本を閉じ、共に歩んだ名誉を持つ者に思いを馳せる。
またそこに、自分も加わるという幻想も重ねて。

そこでようやく薄暗くなった周囲に気付く。
書斎唯一の時計は既に夕方と言ってもいい時刻を指していた。窓から差す日の光も赤い。

本を閉じ、元の棚に戻す。日の当たらない本棚はもう背表紙が読めないほど暗い。
結局わかったことだけ見れば“彼”は変異の調査だけでなく人々の手助けもしていた、というだけで、あまり得るものは少なかったと言える。

しかし気合を入れ直すには丁度いい機会になったかもしれない。
少なくとも自分のしていること――文字通り、身を削ってまでのだ――への迷いはなくなった。

それが正しい、正しくないじゃない。困っている人がいるから、助ける。
他者がどうあれ、自分が動く理由はそれだけでいいのだ――と。

段々と勢いを失いつつもごもごとしている。

言い分そのものは全く大丈夫では無いが、アピールなのかその場で一回ジャンプして綺麗な着地を見せたりしてみる。

色々言われているがまぁそれそのものは事実なので特に否定せず、逆に気になった事を質問してくる。よく思えば自分ばかりであまりレンツさんの事を知らないなぁっとか思いつつ。