Melntese冒険日記　20日目「真冬の朝、せせらぎの傍、五線譜の上で」


この日も、メルンテーゼは底冷えする朝を迎えた。
空気さえも寒さに震えてじっとしているような、しん と冷え切った朝だった。

夏の頃よりも朝遅く昇ってきた太陽が、鋭い光の矢を放ち、大地を明るく照らす。
街のほとんどはまだ眠っている、兵舎では衛兵が朝の鍛錬をしているくらいの時間だろうか。

星屑が零れ落ちる時のような、さらさらとした柔らかいせせらぎの音が小川の岸辺。
街がまだ眠っているからか、それとも張りつめた空気のせいなのか、その音が妙に心地よい。


　ザッ　ザッ　...


ブーツで足元を踏みしめるたびに、乾いた音が心地よく響き渡る。
街はまだ眠っている、普段は人の多い岸辺、今は二人のほかには人は見当たらない。

琥珀色の少女が鼻歌を歌っている。
本来ならイタリア語の詞が乗る五線譜を、正確になぞる甘い声。


"やわらかく澄み切った陽の光が……"


という意味の詞から始まるその歌曲をやさしく歌い上げる歌声。
鼻腔から漏れ伝える声は、少女の音感の正確さを物語っていた。


　　　∽∽

まだ半分眠い目をこすりながら、白い兎が謳う少女に声を掛けました。

歌に夢中になっていた少女は、問いかけに対してさらなる疑問符を投げかけつつ応えると、今度は鼻歌ではなく、きちんと詞を乗せて謳う。


"A balli, a aballi, liete venite... (楽しく踊り、踊りて集え……)"


今度はこれまた別のイタリア語の歌曲のメロディ……少女の甘い声が優しく歌い上げる。

白兎の方は、寝起きで脳があまり働いていないということもあって、いつものように鋭いツッコミを入れることなく、
踊るように軽やかなステップで先を進む少女の甘い歌声を、まるで子守唄を聴くときのように黙って聴き入れていた。


……しばらくすると、

と、ひとしきりメロディラインをなぞったのちに、少女は何か満足そうな表情を浮かべた。

何かに満足した少女が歌うのをやめたので、しばらくは二人の足音だけが響き渡る。
そんな状態で、少し上流を歩みを進めた後、少女がようやく口を開いた。

「何が？」……と反射的に聞き返そうとして、白兎は口を噤んだ。さっきの答えだ。
まだ1/3くらい眠っている頭をなんとかフル回転させて、この場の最適解を導き出す。

水辺の心地よさを捨て、『砂地へ行きたい』とせがんだのはメグの方だった。
砂地、山岳、砂地……という弾丸ツアーを経て、再び戻ってきた、この星屑の小川。

星屑を溶かしたような澄んだ色も、優しいせせらぎも、何もかもが懐かしい。
目的を持って飛び出した果てに、目的が完遂できなかった部分もあるので、
見慣れた光景は少女たちにとって、優しく出迎えてくれた第二の故郷のように思えた。

口ではそういいつつも、褒められて満更でもないのが表情からバレバレだ。

アルは、メグの母親が幼きメグに謳い聴かせる様子を思い浮かべた。
なるほど、なんとなく、メグの母親なら歌が上手そうだ。
そして、その母親の血を継いだメグということだから……。

ようやく、アルの赤い瞳も冴えてきた。街もそろそろ、本格的に起き出す時間だ。

ミオは宙に浮いたまま、触れられる程の距離までそっと手を伸ばしてみます。