彼女が男を信頼してくれている事は知っている。
当然、男もその信頼を裏切るつもりなど欠片だってない。
大きな瞳を瞬かせる様子を何となしに眺めながら、
観察するように投げ掛けられる視線を、慣れた調子で受け止めた。

「んー。まァ、大きい怪我っちゃーそうかもな。
　何つうか、何度も同じトコに怪我してたモンだからさ。
　跡がいつまでたっても治んねェんだわ。治らんのかもだけど」

隣に座る姿を横目で見て、ふは、と笑い交じりに笑う。

寝違えも何度かした事があるから、立派な怪我と言えば怪我ではある。
現れたイヴォが鱗粉めいた輝くものを振りまく様子を見上げつつ、
首元に巻いたマフラーに触れて、レンズの奥の瞳を瞬かせた。

ぽつ、と。呟きが互いの間に落とされる。

「…何度も」

「何度も、さ」
「何度も何度も」


「……首を落とされたからだよ」


「おれは人喰いの化け物だから」


もうずっと、忘れてしまったぐらい昔の話だ。女性には良い話ではないだろう。
男を見上げる不可思議色を双眸を一瞥し、努めて何でもない事のように声が告げる。

飯にしようか。続けられる普段通りの言葉は、何処か申し訳なさそうでもあった。

食べてきた物を色々と思い出しているようだ。

ママゲタンに舌鼓を打っていたが。
ふと、彼の顔を見上げた途端、くすくすと笑い出した。

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そして、それから少し日が経ったある日の夜。
いつもと違う赤いコートでおめかしして、何かを後ろ手に隠して、うきうきと彼の後をついて歩いている。

出してきたのは胡桃のパイ。
薄く薄く伸ばしたパイ生地にバターを塗り、砕いた胡桃を散らしてまたパイ生地を重ねて…を繰り返した後、
格子状に斜めの切り目を入れて、焼いたもの。
それに甘いシロップをたっぷりかけて、冷ましてある。
口に運べば柔らかく、じゅわっとシロップが溢れてくる、甘い甘いお菓子。

どうやら、故郷ではクリスマスにこれを食べる習慣があるらしい。

手伝いの申し出に顔をほころばせるものの、心配そうに思いつくまま声をかけてゆく。
手元ではピクルスを刻みながら。
よそ見は出来ないから、彼が無事に出来ているのか見られなくて、余計に心配になる様子。
それでも何とかソースが出来れば、てち、と彼の方へと身を向けて。
「やりましょうか」と両手を差し伸べて見せたのだった。

そして、無事森と砂地を通り抜け、水辺に戻って来た夜は、戦利品を広げて品評会。
とはいえ、期待した食物の類はあまりなく、かろうじて得たものはといえば、包帯で。

畳んで、鞄へと仕舞う。

鞄から飛び出してきたエンブリオが、くるくると回る。
回る。
回る。
２人の周りをひと回りするたび、翠の風のように透き通ったその姿が、少しずつ伸びてくる。
まるで影のように、長く、長く。
風が吹き上がる。
髪を揺らす。
ケープが巻き上がる。
たまご色の羽毛があたりに散った。
２人に並ぶように、いつの間にか並ぶ影があった。