『行き当たりばったりな冒険　〜ツルギの場合〜』



　とある世界、GC2075.07.20.10:47、とある書庫にて――


　ふらりと影が揺れた。本棚の影から誰かが出て来たのだ。書庫の奧に
先客が居たようだ。
「いけない。調べ物をしていたのに、うっかり眠っちゃったみたい」
　飲料のボトルを手にした白衣の人物が現れる。
　ウエーブのかかった長い金髪、やや細めの青い瞳の女性……記録と
一致するのはグローリア博士だった。
　グローリア博士はフレームの無いメガネをかけ直し、俺達に気付いた。
「あら？　貴方はツルギ少尉の……」
「ミライです」
「あぁ、そうそう、ミライ君ね。それと、ぽちね」

　他愛もない会話をしていると、彼女は俺を手を取って見つめた。親指で
手の甲をなぞる。
「グローリア博士、俺の手に何かありますか？」
「大ありよ」
　彼女は所持していた飲料を一口飲んだ。中身は水らしい。
「カサカサしてるわね」
「カサカサ？」
　彼女は飲料のボトルを俺に渡した。半透明の容器の中身は半分残っていた。
「君、しっかりと水分を摂取してる？　君はロボットとはいえ、君の人工皮膚は
不定期的に水分が必要だからね。水分も摂らなきゃ駄目よ」
　頭の上でぽちが跳ねた。
「そう言われれば、ツルギはあまり水分を摂ってないね。水分を摂っているのを
見かけないかも」
　指摘されて気付いた。水分の摂取量の少なさに。
　食べ物を摂取する機能はないが、水分だけは別だ。出来るだけ、人間らしく
振る舞うことにしているものの、水は内部的構造には不必要なため、
優先順位が常に後回しに……人間的に言えば忘れがちになっていた。
「私の飲みかけで悪いけど、その水をあげるから、今すぐにでも摂取しなさい。
外見を整えることも、人間型ロボットに重要なことよ」
「しかし……」
　俺は受け取ったボトルを見て、彼女を見た。
「博士、俺はロボットですが、一応は男性型ですよ？」
　彼女は一瞬だけきょとんとしたが、すぐに笑った。
「貴方って面白いわね。別にいいわよ。そんなの気にしなくても。
そのくらい許してあげるわ」
「え？」
　人間的感情……疑似的感情が、やや昂ぶりつつあった。
　それって本人公認の……
「相手が生物なら、あげたりしないけど、貴方だからあげるの」
　生物ではないからくれたというわけである。感情は一気に冷めていった。
「次に会う時は貴方の兄弟……アニマ、アニムスも目覚めてると思うわ。
また会いましょう。ミライ」