窓の外から聞こえる声は次第に静寂を帯びていく。
ふとそちらに目をやると、薄闇に彩られながらも外灯の明かりが屋根へと反射することで、
ぼんやりとした光が生み出したとは思えない、差し込むような光となっていた。

『さて、では早速本題に入りますか。今回義兄さんが他方を調査してくれた御蔭で十分なサンプルが採取できました』

電子機器から明瞭な声が放たれる。
窓の外に意識を逸らしていたのを戻し、若干姿勢が横へと動いていたみたいだ。
椅子に腰掛け、小さなテーブルの上にある板へと向い合う姿勢に戻しカーフェイネスは静かにそれを聞くことにした。

『種族や地形、生態系の分析も進みそこから骸の発生地点を洗い出すと、小規模では在りますが骸を統率する頭を見つける事が出来ましたよ
いやー久々に中々筋が良いものに当たりましたね』
「う〜ん良いことだとは思いたいんだけど、誰かにそう言われると素直には喜べないのはなぜだろう」
「ふふ、あなた落ち込んでる？落ち込んでるのね！理由！？そんなの関係ないわっ！さぁこの胸にカムカム！！ねっつれつで清楚なクッションがここにあるわよ！！」
『どちらかと言うと姉さん邪悪系じゃないですか？跡形もなく吸い取る系の』

自分の胸を指さしアピールする妻を無言の手招きで呼ぶ。
両腕を軽く広げた彼に向かい、身を捩り、受け止められる。
飛び乗った時の勢いは重心を後に軽く乗せ、脚で床を踏みしめる動作で緩和させたので、二人とも後ろに倒れることはなかった。
軽く飛び移る動きで椅子の上に乗る身体は軽く、ルーチェの脇下から入れた腕は彼女の身体を支える様にがっしりと背に添える。
その動き一つ一つ、彼は丁寧に行う。
ゆっくりと、ではなく。早急に、でもなく。只々彼女の身を案じて抱き留める。

「ルーチェ、危ないよ」
「あらそう？じゃあ次は上からやってみようかしら」

僅かに身を寄せ、彼の首へと腕を回す。
カーフェイネスが眉を下げながらも、笑みを浮かべた困り顔を彼女は間近で見つめた。

……注意はするけど止めろとは言わないものね。

自分今、飛び切りの笑みを浮かべているだろう。鏡を見ることなどせずに頬の熱も相まってそれを容易く感じられた。

……もういいわよね、ええもう食べましょ。夜だし夕食を済ませたし軽めの運動も大切よ。互いに運動をして絆を高めるのも大切よね！
　　このまま椅子で軽めの運動をいやいや……それかもう部屋でいやいやお風呂場でもいやいや、あぁでも恥ずかしげに顔を赤らめながら涙目って場所問わずって―――

『はい二人とも、特に姉さんの意識こっち、こっちに視線注目』
「――はっ、邪魔したわねあたしの妄想を！妄想邪魔罪という罪で断罪するわよ！」
『まあまあ。この話が終わればいくらでも出来るじゃないですか』
「……それもそうね」

え？とカーフェイネスが身を引く前にルーチェの方が寄せるよう身体を寄せる。
結果、更に密着が増し、彼の身体が硬直することとなったので、

『では気を取り直して、話の続きをしましょうか。
　先程のその頭ですがこちらの予定通り奴等の行動パターンを解析した結果、小規模では在りますが骸を統率する能力を持つ“主”だと判断します。
　これが捕食対象を付近の対象に移すとなると、100の内80は捕食されるでしょうね』

そこで声の主は息をついた。

『まぁそれが果たして生存として認識できるものであれば、ですがね』

零れ出るように言われた言葉に、カーフェイネスは視界を狭めようとする動きを意識して抑えつける。
この場、彼女が彼の腿の上に身を乗り上げすぐ傍にいる意味を無駄にしないためだ。
彼女は先程とは変わらず耳はテーブルの方へと向けてあるが頬は彼の肩、時折首筋へと鼻先を埋めて戯れに興じている。
その姿に、ふ、と軽く息をして、艶やかな彼女の髪を滑らせる様に触れて行った。
それにより、ややテンションが上がった彼女の鼻息が荒くなり、首に掛かる息がとてもくすぐったい結果を招いたのはしょうがないことだと思う。

「それの場所は？」
『後でデータで転送します。その時にこちらからの地形情報と骸の周辺情報も添付させておくので』

ですが、

『今回のこの敵と相対時、義兄さんお一人で戦闘を行ってもらおうと思います』
「――フフ、そこら辺ちゃんと説明してくれるんでしょうね？」
『今回のこちら。まぁ実験ですよ。今回骸殲滅ではなく、あるモノを捕獲していただきたいんです。
　それと共に、実戦で行ってもらおうと思いまして。上にもこれを使う許可は頂きましたので今回はあくまで、一応捕獲が目的に。
　こちらでシュミレーションなどの工程は一通り済み、試運転で展開にも問題はありません。効果範囲も義兄さんが対象になることもありませんし。
　今回は捕獲装置の運転を行いたいと思います。といっても実戦でそれらに対しての試作品のや安全性等のデータ採取が取れれば十分ですかね』
「万が一不具合が出た場合は？」
『判断は任せます』

カーフェイネスは相手に見えない様に苦笑を浮かべる。ルーチェが眉根を寄せ苛立った様子を見たからだ。
それを背を一定のリズムで宥め、彼女の怒りを鎮めていく。

（また何時もの“遊び”が出たんだね）

義弟の難癖、と彼女が言っていた。
良くも悪くも、結果は禄でも無いことになる、と。
あくまで彼はデータの収集が出来ればと言っていた。十分と思える結果が得られれば、後はこちらの判断に任せられるのだろう。

『外にある怨嗟の塵芥などには興味がありません。素材としては劣化物なそれではなく、中の物に興味がありますので。
　これには骸の内部に構築された生命。その元となるモノを取り出すことを目的とし、こちらの生命の循環活動を
　活発にさせることでしょう。骸に対し自動的に攻撃、そして封印する道具があれば便利と思いません？』

クスクス、小さな笑い声が時折聞こえてくる。

『それでですね、これが少々厄介な道具でしてね』
「どうせアンタが作ったんでしょ」
『はい、いいえ。確かに僕が設計に携わりはしましたが、元々は別の物ですよ。
　それで、義兄さんだけ行ってもらいたいんですよね』
「あくまで試作品という扱いだから、僕一人で敵と当たれということかい」
『そうです。これは何回も言う様ですがあくまで試作品。僕としてはデータを得られることが出来ればまぁ満足ですしね。
　協力者と共に行うとしても、その匂いにつられ余分なモノが湧き出る場合があります。その場合乱戦覚悟と取ってもいいでしょう。
　逆に別行動を取ることで、相手の戦力を小分けにし各個撃破の確立が高まります。それにこちらの戦力がハッキリ動けます』

オフィンスとディフェンスに回れということか。

「ん、分かったよ」
『はい、それでは後でこちらのそちらの携帯に転送しておきますね。あぁくれぐれもこの作戦は内密に。大物といえ本来殲滅対象となるものが捕獲になる、
　と言われればこちらの仕事の信頼に響きますからね。そして姉さんは手を出さないように』
「……」
「ルーチェ……」

ぶっすーー、と幾分か。いやかなり不満そうだ。
切られた携帯を睨みつけ、頬を膨らませながら口を尖らしている。
久々にここまでありありと不満と顔に書いてある表情を浮かべる妻にぷっ、と吹き出してしまった。
その音が彼女の耳に入った。横に向けられていてた金瞳が上目使いに彼へと強い輝きを持って向けられる。
カーフェイネスは困った笑みを浮かべながらルーチェと顔を見合わせた。

色々宥めるのが大変そうだと。先程より楽になった心で彼は妻にどう説得しようかと考えていく。





『やぁ』
「おや、そちらからかけてくるとは珍しいですね。先程の件で何か？」
『うん、えっと、少し気になってね』
「件のことでしたら随時打ち合わせを行いますので。その時では？」
『いや、手短に話すから今で大丈夫だよ』
「そうですか。それで何でしょう？」
『あのね、上に色々言われたんだろ』
「おや、何がですか？」
『僕と彼等のことかな。あ、すまない。彼等にはあなた達も入っている』
「ほう、そんなざっくりと言われてもどれどの様な事やら」
『あぁ、やっぱり。ごめん』
「あなたが謝る事でもないんですよ。変に頭が固い上がある事ない事喚き散らして。
　普段の日蔭頭がここぞとばかりに剥きでた餌に群がる。その根性は達者ですが他の所にもその余分な労力を回してほしいですね」
『えーと、うん、ありがとう』
「御礼を言われる言葉など言ってもいませんよ。だから義兄さんはそちらで存分にやっちまって下さい」
『うん……君も無理はしては駄目だよ』
「それでしたら、ちょっと頼まれてくれませんか。僕個人としての頼みですが」
『何だい？』
「とりあえずは……精霊系の馬などいますか？種族に制限を付けませんが、もし見かけたらこちらに送ってくれません？」
『どうだろうね。まだ見たことはないけど……何をするつもり？』
「いいえ、僕はそれに対しては何もしませんよ。ただ弟子の課題で新たに世話をさせる為に与えるだけです」
『あぁ、それなら良い。安心だ。無事ですむから安心だ……！』
「ははは、二回も言われるとは心外ですね」