風が吹き荒れる。
　味方が全て動き終わったのを確認して、アイヴォリーはダガーを逆手に握り込んだままで拳を突き出した。大地を叩き付けるようにして踏み抜き、その力を拳に伝える。クリムゾンファングと呼ばれる魔物が張った魔術の盾はそれまでの味方の連撃で既に剥がされている。そこを狙ったのだ。貯め込んだ力を叩きつけられ相手がよろめいた。味方と敵の攻撃が複雑に交差するのも意に介さず、アイヴォリーは自らが拳を打ち込んだ相手から目を離さない。敵の後衛が放った光の刃が周囲を切り刻み、着弾とともに弾ける。そのいくつかが自分を傷つけるのさえ無視して、アイヴォリーはさらに間合いを詰めた。
　大地をもう一度踏み抜き、背中ごとぶつかるようにして肩を相手にねじ込む。その場でくずおれる相手にさらに一撃、握り込んだ逆手のダガーを深々と突き刺して止めを刺すとアイヴォリーは間合いを取った。その間にもいくつかの攻撃を受けているのだが、最後の一撃に乗せた活力吸収の技に加えてメイリーからは回復の魔術がかけられている。結果としてはそれほどのダメージにはなっていない。
　敵を一体仕留め、間合いを空けたアイヴォリーはふと目を細めた。エルフの少女が次の敵に向かうためにその身体に不似合いな斧を構えて間合いを詰めようとしている。蟻の翅を持つ妖精再度水の治癒魔法を詠唱している。そして自らの背後には、いつもの彼女が次の魔術を詠唱する声。
　アイヴォリーは小さく口の端で笑みを浮かべた。悪くない。今日の朝に出会ったばかりの組み合わせにしては出来過ぎなほどに上出来だ。


「人間…メイリーの大事な人だというから我慢をするが、本当はお前とともに行動などしたくはない……。」

　アイヴォリーを睨みつけるようにしてそう言い放ったのが彼女だった。待ち合わせの場所へとやってきて、メイリーに対して嬉しそうに笑顔で話しかけた直後のことだ。彼女のその青い目は、どちらかといえば氷のように冷たかった。

「ふむ。」

　大げさに、わざとらしく鼻から息を吐いてアイヴォリーが片目を細める。そこには困ったような、それでいてどことなく安心したかのような表情が見えた。じろじろと無遠慮に彼女を見て口の端で笑う。
　エルフに似合わぬ大きな斧。エルフにしては低い背。ぼさぼさで手入れの行き届いていない髪は金髪というよりも輝きを失って砂色に近い。そしてその青い瞳に湛えられていたのは溢れんばかりの敵意だった。その、エルフの少女の様子に、アイヴォリーは安堵した。
　いうなれば何もかもが違う。別人なのだから当然なのだが、彼女もまたエルフであり、森を出た。メイリーから話を聞いて、言ってみればアイヴォリーは恐れていた。あのどこまでも静かな湖のような、彼女の雰囲気に、彼女の瞳に、彼女に、もう一度出会うことを。だから目の前に現れたそのエルフを見て、あまりにも異なることに安堵したのだ。

「おゥ、当面ヨロシクな、“エルフの嬢ちゃん”？」

　口の端で笑ったまま、アイヴォリーはいつもの調子で彼女に答えた。その調子はどこか楽しげで、むしろ残念そうですらあった。彼にしてみれば、彼女から向けられる敵意などまさに痛くもかゆくもない。あのときのあの澄んだ瞳で、全てを受け入れられるのに比べればよほどましだ。今彼の目の前にいるエルフの少女が、彼にとっていわれのない敵意を鮮烈にむき出しにすればするほど、彼に対して向けられるべき悪意をすべて飲み込み、すべて受け入れた彼女との差を強調してくれるだけだ。
　結局、彼は終わっていないのだ。彼女がすべてを許し、彼の行ったこと、それによってこれから起こる全てのことを受け入れたがために、彼の中では彼女が生き続けている。だから彼は目の前のエルフの少女に安堵するとともに、心のどこかで期待していたあの瞳に出会えなかったことを残念にさえ思ったのだった。
　鼻で笑い、緩い笑みを浮かべたままでアイヴォリーは、まるで子供にするように、彼女の頭を上から押さえつけるようにして二度撫でた。
　それは確かに、アイヴォリーに余裕がある、ということだった。