■ 鼠捕り

「この長屋にもそろそろ飽きてきましたねえ」
と不平を言い始めたのはマニー親分の手下のハチベ。
それもそのはずもう三日も歩き回っているのに何も見つからないのだ。
「文句言っている暇があるなら手掛かりのひとつでも探したらどうでえ」
と言う親分も流石にちょっと辟易気味だ。

それにしても相変わらず不思議な足軽長屋だった。
ただ人がいないだけでなく、まるで煙みたいに消えたようになっている。
卓子の上にはご丁寧にまだ湯気の出ている食事も並んでいたりする。

「おかしいですよね、親分」とハチベも気付いた様子だ。
「だって三日前から飯が温かいままなんて変ですよ」
「ようやく気付いたけえ、まあお前にしちゃ早え方だな」
と親分にはとっくにわかっていることだった。

「こりゃまるで食ってくれって言ってるみたいですね」
と言ってハチベはちょっと物欲しそうだ。
「食いたいんなら食ってもいいぜ…たぶん罠だけどな」
「そりゃそうですよね」
と呑気な掛け合いで陽気な一行だ。



そんなことがあったので、親分たちは目の前の光景にちょっと肝を潰している。
長屋の間の路地にようやく見つけた人影だったが、
それは三、四人の一揆隊の連中でそれが口から泡を吹いて苦しんでいるのだった。
若くて丈夫そうな男や女が半死半生の状態だ。

まさかあの飯を食ったんじゃ、ということもちらと浮かんだが、
それよりまずはもがき苦しんでいる連中の手当が第一と親分は早速動いていた。
「ジンアン先生、診られるかい？」
と呼んだ先には蛇のえんぶりおで医者のジンアンがとぐろを巻いていた。

どれ、と重そうに腰を上げたジンアン先生は苦しんでいる連中を診始めた。
年の功だけあって落ち着いたものでチロチロと舌で症状を調べたりしている。
「ふむ、どうやら中毒だが大した量は吞んでなさそうだのう」
と言いながらジンアン先生はひとりひとりの首筋をかぷっと噛んでいった。
「毒を以て毒を制すじゃわい。これで命は助かるじゃろう」
と、何とも豪快だ。

しかし流石に医者だけあって苦しんでいた連中も次第に落ち着いてきた。
話しはできそうにないがとりあえず眠っているので一安心だ。
「やはり何処かの飯に鼠捕りでも入っていたのかね？」とマニー親分。
しかしジンアン先生の見立ては予想とは違うものだった。
「いや、それならもうとっくに命がなくなっていたはずじゃ。
　飯を食った様子も無いし、直接粉か何かで吸わされたようじゃな」


命の危機は去ったのでやられた連中を適当な部屋に寝かせると、親分たちはまた先に進み始めた。
毒を使う敵がいるのは厄介だが、それがもうバレちまったのは相手の手落ちだ。
直接手を下さねえ卑怯な敵を親分がどう捕らえるか、とくとご覧あれ。