シュガー達パーティとブランチマンら庭園の守護者達は、晴天の空の下、花咲く広庭のただなかで激突した。

ブランチマンの前口上は「その意志が無駄なものであったと悟らせてやろうッ！！」というものであったが、結果的には、シュガーの意志も、それまでに積み重ねられた準備の数々も、無駄ではなかったと証明された。

シュガー達は事前に収集した情報に基づき、ブランチマン用の戦術を練り込んでいた。ブランチマンの苛烈な突撃を鎧を着込んだ前衛が押しとどめる間に、アタッカーが回復役の庭ガールを狙撃して一掃する。そして、従卒を全て無力化した後で、ブランチマンへ攻撃を集中させ、これを仕留めるいうものだった。

作戦は完璧に成功した。あっという間にブランチマン側は制圧され、無力化された。エンブリオを打ち砕かれた庭ガール達は打ち倒され、気を失って倒れ込む。最後まで気を吐いていたブランチマンも、シュガーたちの猛攻の前に膝をつき、シュガー達を賞賛する言葉を漏らして膝をつく。

一揆の緒戦で多くの参戦者に苦渋を舐めさせたブランチマンではあったが、その戦力と戦術が参戦者達に広く知られてしまった今となっては、かつてのような武勇はもはや望めない。広庭にはのびてしまった赤眼赤髪の大男とその従卒の皆さんが累々と横たわる。広庭は陽光が降り注ぎ、吹く風は暖かいためか、伸びてしまった彼らはあたかも昼寝でもしているかのよう。

風が吹いて庭園の花々が揺れ、鬼火の最中の平家の怨霊達の声がシュガーの耳に届く。勝利を祝う声、ブランチマンの堂々たる戦いぶりを賞賛する声、様々であった。

シュガーが声のする方を見やると、日によく焼けた精悍な顔の男が立っていた。平家の軍事上の総大将である知盛の霊である。知盛はブランチマン戦に臨むにあたりシュガーにも数々の助言を伝えてきた、勝利の立役者の１人である。だが、その顔に喜色はなく、淡々としたものであった。

シュガーは思う。一度戦闘が始まってしまえば、敗者と勝者に別れてしまうのが戦いの定め。そして、敗者の運命は惨めなものだということは、平家の怨霊達はよくわかっていたし、シュガーにしても同様であった。山岳や水辺での敗走の重苦しさをシュガーは思い出す。今回の戦いで、自分達は敗北するわけにはいかなかった。しかし、それはブランチマン達も同様のはずである。

かつてのブランチマンの華々しい戦果と、ブランチマン達の今後のことを思うと、シュガーは己の諸行無常ゲージが高まっていくのを感じていた。万物は流転し、全てのものはエントロピーの導きにより、滅び行く定めにあるのか。

それでも、知盛は後顧の憂いを断つべくそのように助言する。通常の戦争ならば、ブランチマンが再び一揆の参戦者に立ち向かわないように、あるいは、広庭から城内への入り口を確保するために、ここで彼らを捕虜にするという選択がありうる。あるいは、王城側の布陣や戦略についても聞き出せるかもしれない。

しかし、シュガーは知っている。メルンテーゼの戦いにおいて、捕虜はとらない。勝利者の権利として存在するのは、金銭とエンブリオとの契約に関する権利のみである

知盛の霊が顔をしかめた。捕虜にとらないとなれば、復讐の恐れを消し去り、後々の禍根を断つべく討ち取る他にない。それが知盛の知る戦場の習いであった。

しかし、それを否定する何者かの声が聞こえた。シュガー以外のパーティメンバーも声のするほうに顔を向けている。シュガーも声の主に視線を向けた。虚ろな瞳のシスターが城内への扉の前に立っていた。

パーティのメンバーは首を傾げていた。その必要の"その"とは何を指し示すのか？

故に、復讐を恐れることもない、とシスターは続けた。シュガーたちは勝利者として王城の大廊下へ進む権利を得たのであり、それはメルンテーゼにおけるエンブリオを介した戦闘における何人も覆せない法理なのだという。

彼女はゆっくりと倒れたブランチマンたちの元に歩み寄り、呼吸を確かめ脈を読むなど、介抱を始めたようだった。

パーティの誰かがそう問うと、シスターは首をふる。一揆の参戦者ではないが、故あって王城側に与していると続けた。ただ、戦闘に参加しているわけではなく、傷ついた兵士の治療などに従事しているとのことだった。

パーティのメンバーたちは互いに顔を見合わせる。この場でシスターの治療を妨害しようなどと考える者はいない。パーティは退路として計画していた水辺へと向かうべく出立の準備にかかった。水辺には、あらかじめ食料や武器などの物資をデポしていた。ブランチマン戦に敗れた際にはそこへ逃げ込めるように備えをしていたのだ。今度はそれらの物資を回収するのである。

どんよりした瞳とかね、とアニマは素っ気ない様子で感想を漏らす。

だが、知盛の声には警戒の色があり、シュガーの胸中も穏やかではなかった。シスターが語った”その”とは「ブランチマンを討ち取る」ということ。ブランチマンを討ち取ることに言及したのは平家の怨霊である知盛のみである

すなわち、あのシスターは霊体の声を聞く能力を持つということだ。そして、彼女の胡乱な瞳は、死霊に慣れ親しんだ者の瞳と同じ濁り方であった。王城側にもそれぞれの願いを叶えるために冥府から下り来た者達がいるということなのだ。

胸騒ぎのするシュガーの耳元に、それでも今日も今日とて冥府からの声が届く。シュガーの内心を代弁する軽やかなナレーションであった。

シュガーは思い出す。かつて、一揆の参謀的存在であるルリアンナ嬢は王のことを魔王と呼んでいたことを。まさかな、とシュガーは踵をかえし、水辺へと向かう道を急ぐ。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

ハチェットのカバーを外す。硝子の青い目が揺れた。

シュガーは怨霊と会話をしているようです…

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