『やぁ、お元気そうでなによりですね姉さん！はい、こちらはと〜くに、理由もない前置き電話ですけどお気になさらず――』


プツッ――

テーブルの上。それ専用に備え付けられた立て板を支えに、テーブルの上で傾きながらものその身を伸ばし、立っていた。
そしてそこから放つ男性の声。
声が漏れるそれは、最後まで放たれる事がなく横からスラリとした手が絡めるように掠め取り終了ボタンを押した事で終了する。
正確にその動作を実行する機器から零れる声を最後まで聞き取る事は、残念ながら彼の聴力を持ってしても、難しいだろう。
それ程鮮やかに流れる様な完璧な動き。窓から彼の携帯inエンブリオが宙を舞う連続の動きも阻止出来なかった事を誰が責められるだろうか。いや、出来ない。

「皆ああぁぁぁぁ！！！！？」

やがてそれは制限ない自由の空へと身を躍らせた。風を切り、宙を舞う鳥達と共に空へと加速していく携帯。
小さな窓では収まり切れない、未知の可能性が無限に広がる遥か外の世界へと向かっていったのである。
それを止める腕は短く、駆け寄る脚は絡め取られ。カーフェイネスは只々、無力である自分を呪い見送ることしか出来なかった。
ヒールと床板が擦れる音を立て、窓際まで寄った女性は開け放った窓の止め具の錠を掛け、その上から厳重に術を重ねる。

「えぇ、いい夜ねあなた。あんな男の声なんて掠れるぐらい」

「ル、ルーチェ！流石にそれは駄目だよ！中の皆が！！」

「大丈夫よあなた。なるべく水草がある川に投げ入れたから」

「防水加工でも、根本的な解決になってないよ！」

慌てて扉のドアノブに手を掛ける。
その取手を捻る前に、

『相変わらず姉さんは行動的ですね。お変わりなく安心しました。それと人の話は最後まで聞くものでしょう』

声の中心を見る。
そこには先程と一切変わらずテーブルの上に佇む電子板が。
それを認めると窓枠の傍、そこに背を預ける様に身体を壁へと凭れかけさせたルーチェ。
たいした驚きもなく、その動きから聞き入れる姿勢を取ったのを感じた。
がその携帯を睨む目は先程と同じ冷たさで。

「アンタが出てくるとロクな事にならないわ。アンタの部屋に塩でもまいても良いぐらいに辛気臭いものはお断りよ」

同じくカーフェイネスもテーブルの近くへと移動する。
セットで置かれている椅子を引き、尻尾を横に垂らした後腰掛けた。

『はい、いいえ。中々的を得たことを言いますね姉さん。僕はそれくらいしか楽しみも無いですから。それと今回は辛気臭いものとは違いますよ』

男の声。男の声には笑みが含まれていた。
そしてやや、芝居がかった声がこじんまりとした部屋の暗がりへと広がっていく。

『今回は生まれ出る哄笑を交え、内に巣食う怨恨と軽蔑交じりのお話で御座います』

『仇なす禍根全て己の詭弁。無理解への最もたる象徴、人造の獣はいかがでしょう』

男の声。男の声には嘲りが含まれていた。

『我らが愛してやまない人間の皆様。どうか御笑覧あれ』

『何の仕掛けも御座いません。怒りとは、純粋なる人間の情念につきますれば』

『それは神と化物。差異たるものは如何に証明出来ましょう』

『ですが、僕は敢えてこう言いましょう』

『待て、しかして希望せよ』

『夢を行き先と捉えるは人の傲慢か。化物と神共の意地の張り合い合戦といきましょうか』

カーフェイネスは思った。
あぁ、まだ暫く家に帰れないな、と。

＞ご主人

いくつもいくつもコインが出てくる。何枚持ってんの。

ドールをゆっくりと下ろすと、早速サラマンダーに興味をしめ……さない。
相手が火のエンブリオだからか。