ならば問おう。
　世界は何色だろうか、と。

　――――――――――――――――――

　賑やかな城下町にも夜は訪れる。
　色街は夜こそ華やぐが、他の地区は静かなものだ。
　日が沈んでからも起き続けるには灯りがいる。
　しかし燃料だって安くはない。夜更かしする者など数えるほどだ。
　その数える者の内の一人が、モーリス・ブレットという男だった。

　商業区の片隅に、年季の入った店がある。
　看板にはブレット雑貨店とあり、そちらも随分と汚れてしまっている。
　モーリスは父からこの店を受け継いだが、父もその父から受け継いだらしい。
　親子三代に渡って使われ続けた店は、そろそろ改修の頃合いだろう。
　自分にもこんな年頃の娘がいればだが、とモーリスは胸中で呟いた。

　店内にはモーリスと、十代半ばの少女――アムルイの二人しかいない。
　関係を知らない者が見れば、親子のように見えたかもしれない。
　しかし二人の関係はそんなものではなく、対等の共犯者だ。

「何人かに声をかけたんだって？」

　帳簿を片付けながらモーリスが問う。
　アムルイは若干、力のない笑みを浮かべた。

「望み薄だけどね。
　今はまだ、一人でも応じてくれたら御の字かな」

　だろうな、とモーリスは投げやりに頷く。
　アムルイが目指しているものは、新しいこの国の形。
　王国を根底から覆し、まったく違うものに変えてしまうことだ。
　そう簡単に手を貸せるものではないだろう。
　ましてや異世界出身者の場合、そこまで関わっていいのだろうか、という迷いもあるに違いない。

　本音を言えば、モーリス自身もアムルイの考えは馬鹿げていると思っている。
　できるわけがないし、手を貸そうとするのは変人か狂人だけだ。
　一揆の結果として王が討たれても、適当な貴族を新しい王に据えればいい。
　多少の混乱はあっても、それで丸く収まる筈だ。
　モーリスはそう読んでいるが、だからこそ、アムルイに手を貸していた。

　元々、彼はただの雑貨商ではない。
　その立場を活かして、陰ながら一揆を支援している身だ。
　雑貨商と言っても、扱う品の中心は付加関連の品。
　一揆が成功しなければ、店を畳むしかない。
　正義も悪もなく、ただの損得計算で彼は一揆に加担していた。

　だからこそ彼は、アムルイにも投資する。
　損得計算の結果として、そうなってもいいように保険として。
　できれば失敗して欲しいが、成功しても損はしないように。
　それがモーリスなりの、協力の仕方だった。

「――しかし実際、これからどうするつもりだ？
　こそこそと声をかけているだけじゃあ、限界があるだろう」

「それはまあ……そうなんだけど」

　やけに歯切れが悪いのは、アムルイも自覚してはいるのだろう。
　このままではいけない。
　そこまでは分かっているが、具体的にどんな手を打てばいいか分からない。
　そんなところだろうと見当をつけて、モーリスは言う。

「どうせ国を敵に回しているんだ。
　詩人でも雇って、おおっぴらに仲間を募ればいいだろう」

「そ、それはダメだよ！」

「どうしてだ？」

　多少、危険が増えるとしても、現実的な案はそのぐらいだ。
　見通しが立つまで伏せておきたい気持ちも分かるが、今はそんな場合ではない。
　金ならある程度はどうにかなっても、戦力は早急に確保しておくべきだ。
　だがアムルイは、少し迷うようにこう言った。

「誰でもいいわけじゃないんだよ。
　私はなるべく多くの人が幸せになれる国を目指したい。
　そういう思いを持たない人は、誘えない」

　理想か、とモーリスは呆れたように頭をかく。
　確かに同じ志しを持つ仲間を揃えられたら心強い。
　だが、誰もが理想を共有するなんて不可能だ。
　現実にはどこかで諦めて、妥協できる仲間を募るしかない。
　しかしアムルイはさらに言葉を続け、こう言った。

「誰かが得をしようとしたら、きっと、国の形は歪む。
　それじゃ意味がないんだよ。
　最初は上手く行っても、いつか同じことの繰り返しになる」

「――――そうか」

　見くびっていたな、とモーリスは今度は自分に呆れた。
　理想を夢見ているだけで、あんなことが言えるものか。
　どこまでも現実的に考えた結果、理想を持たない者は誘えないと結論しているのだ。
　だからおおっぴらには仲間を集めないし、金で誘おうともしない。
　少なくとも中核を担う仲間が揃うまでは、理想家を求めねばならない、と。

「だがそう都合よく、見つかるものでもないだろう。
　いいかアムルイ。こういう時はな、妥協点を探るんだ」

「妥協点……？」

「ああ。理想を持つ者、というのがお前の条件だ。
　しかしそれを、正義感の持ち主にすればどうなる」

「……心当たりは、ちょっと増えるね」

「そういうことだ。もちろん、今のは喩え話だがな」

　少し肩入れし過ぎただろうか、とモーリスは目元を手で覆う。
　協力はしても、成功してもらっては困る。
　得をしたいモーリスとしては、それが譲れない条件だ。
　譲れない筈なのに、つい言ってしまう。

「――なあ、アムルイ。白黒つけるってあるだろう。
　だがお前の見ている世界は、白と黒だけか？」

「そんなことはないよ。
　空の青とか、草の緑とか、色んな色がある」

「そうだ、世界は白と黒だけじゃあない。
　だからお前も、白と黒以外の色を持っておけ」

　何故ならお前は、誰も見たことのない場所を目指すのだから。
　白でも黒でもない、新しい色を示さなければならない。

「……うん。ありがとう、モーリス。
　焦らずに、もっと色んなものを見て来るよ」

　そう言ってアムルイは、力強く笑った。
　ひょっとしたら、本当に成功させてしまのではないか。
　そんな錯覚を覚えるほどに、それは眩しかった。

　――――――――――――――――――

　その日、モーリスの日誌の最後には、こう書かれていた。

「たまには損をするのも悪くない」

　……と。

アムルイの言葉を聞いたグレンダは、顔色を変えてアムルイにそう尋ねる。
当然だ。彼女が言ってのけたことは絶対に聞き流せるようなものではない。
彼女自身への否定と取られてもおかしくないようなものであった。

珍しく声を荒げるグレンダの様子にあなたは驚いたかもしれない。
そのくらい、貴方の決意を聞いた今の彼女は動揺して見えた。

そこまで言ってはっとして止める。
止める側、と言ったが、彼女は何か聞いているのだろうか。
明らかに少し前までの様子とは違うように見えた。