平原での用事を済ませた私は、事前の相談の通りに森へと足を向けていた。ミモザのエンブリオ回収に付き合うためである。
指定ポイントに、指定した時間通りに到着。予想通りと言うべきか、ミモザは既に到着していた。いつも通りの様子で、特に困った素振りも見られない。少し会話を交わしてから歩き始めた。

森の雰囲気は以前訪れた時と同じで、何も変わっていない。生息する生き物は少々違うらしく、時折獣の唸り声が聞こえるくらいか。敵を警戒しながら、そこそこの速度で進む。ある程度進んだ後、多少開けた場所で休憩を取る事にした。
……さて、今は二人だけだ。色々と聞くなら、恐らく今以外に無いだろう。何となく、水出しでお茶を淹れてミモザに差し出す。
別に以前のように、酷い焦りを抱えている訳ではない。少し深く息を吸って、話題が迷子にならない程度に直球に聞こう。

――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――

「そういえばさ、ミモザ。最近のヘイアンどう思う？」

これまでの雑談には出てこなかった話題。それを投げかけるとフィアは、手に持った水筒の中身を口に含む。

「……ヘイアン？」

話しかけられた方の少女――ミモザは、さも意外とでも言いたげな表情を浮かべる。
まさかフィアの方から、そのパーティメンバーの名前を出されるとは思っていなかったらしく。
しばらく何事かを考えた後、フィアとは対照的に言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。

「そうだね。ここ数日は冷たい感じがしたけど……どうして突然？」
「どうして、って言われると困るけど……まあ、傍目にも様子がおかしかったから、かな」

当たり障りのない言葉に、率直な言葉が返される。
ふう、とため息をついて、次の言葉を捜すように視線を彷徨わせる。

「最近は多少打ち解けたと思ったんだけど……いきなりああなったから。何か知らないかな、と思って」

そうフィアが問いかけると、ミモザはまるで彼女の言葉から逃げるかのように俯いた。
再びの沈黙。先ほどよりほんの少し長いそれの後に、消え入りそうな言葉を少女は呟く。

「……きっと、私がおかしくなったあの時が原因だと思うんだ。『道具』の私が、役に立てなかったから」

顔を顰めるフィア。しかしそれは、俯いた少女の視界には入らない。
顎に手を当て、少し考える素振りをする。

「……あの時？」
「何日か前、私が意識を失った……その時だよ」

数日前に、ミモザは麻薬性の強い食べ物を口にして前後不覚状態に陥っていた。
彼女はその時に迷惑を掛けてしまったのが原因だ、と言いたいらしい。

「……私はヘイアンの『道具』だから。役に立たない道具は、あの人もいらないだろうからさ」
「……いや、それは違うんじゃないかな……」

独り言を呟くように、少女の言葉に反論する。

「役に立たない道具なら、その時点で捨てられているんじゃない？わざわざ冷たく当たるだけに留める理由が、私には分からない」
「……その時、他に何もなかったの？意識を取り戻した後とかさ。私は一度その場を離れたから、知らないんだよね」

「ううん。私が気がついた時には……もう、最近のヘイアンだった」
「……そうだね、それならどうして私は……」

フィアの言葉から鑑みるに、恐らくその後には、『捨てられていないんだろう』と続くのだろう。
「そっか」とだけ、言葉が返される。結局、理由は分からずじまい。
自嘲するような笑顔を浮かべて、ミモザはフィアの方へと視線を向けた。

「フィアが羨ましいや。あなたのような技術は、私には無いから……」
「……私も何かできたら、こんな事を考えなくて済んだかもしれないのに」

「どうだろうね……もしかしたら何か出来ること、あるかもしれないよ？」

気付いてないだけでね、と続けて、水筒を傾ける。こく、こく、と喉が鳴った。
少しの間を置き、言葉を選んで口を開く。

「……えぇっと……ミモザがどのくらい思い悩んでいるのかは、ちょっと分からないけど」
「あなたが居なくなったら困るし、悲しいから……出来れば、居なくならないでほしいな？」

「……」

二度目の意外そうな表情。
この二人がこうも深く対話したことはあまり無いのか、あまり思考が掴めていないらしく。
だからこそ、フィアの言葉がミモザにとっては嬉しい物に思えたようだった。

「ありがとう、フィア。……大丈夫だよ」
「私は……ヘイアンに居なくなれって言われない限り、消えはしないから」

そう言って、くすりとフィアに微笑みかける。

「ん、そっか」

そう短く答えて、微笑みで返す。……途切れた会話。暫くの間を置いて、立ち上がる。

「それじゃあ、そろそろ――」

――瞬間、獣の咆哮が響き渡った。

――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――

現れたのは、可愛らしい植物人間にトサカを持ったヘビが二匹、後クマ。

「……やっぱ、ナビとアンジェ、連れて来た方が良かったかな……」

安定度的に、と弱弱しく呟いて、武器を構えた。そういえば最近新調していない。

「悔やんでも仕方ないよ。私達だけで――」

隣に居るミモザも武器を構えた。その瞬間、もう一度木々を震わせる咆哮。

「――やるしかない、か」

呼吸を整え、戦闘に意識を向ける。
……ここを切り抜けるには、バラバラに戦っていてはダメではないだろうかと、ふと思った。

（今回の日記はEno.83さんと一緒に書きました。ありがとうございます、ミネラルウォーターどうぞ）

新たに『水(すっぱい果実味)』をグラスに注ぐ。

フィアにグラスを差し出した。

家名の方はあまりほめられないと言われ、不思議そうな顔をする。
　

　

わずかな間。頷きながら見せた笑顔は、心からか。

隣の少女をちらりと見る。出来ることがどうとか、そういうことを言っている場合じゃない。

付け焼刃で構わないから、呼吸を合わせて戦いたい。

どうやらフィアも、私と同じ事を考えていたようだ。
呪短剣『ブルート』を構え、小さく息を吐いて。

まあ一人で森になんて絶対来ないけど。

最早招来の舞というより、好き勝手に羅列しているだけのように思えるけれど、
本人は至って真面目な上に、乗り気だった。ぴょんこ、ぴょんこ。