「…そうだ、御舟」
「何でしょうか、先生」

俺を読んだ声に、ゆっくりと答える。

「貴方に、渡す物があるの。 私の教えを良く守ったご褒美と、これからの為の餞別ね」

そう言って、師はふっと笑いながら此方の方に向き直った。

「まずは、私が使っていた大太刀…嵯雅羅ね。 貴方なら、きっと大切にしてくれる」
「！ で、でも……それは…！」
「私の愛刀だからこそよ。 もし貴方が望むのなら、私の世界に来た時、私の下へ導いてくれる筈」
「………」

見通されていた。 師が居なくなったら、今度は俺が師の世界へと行こうと思っていた所だったのだ。

「御舟の事だから、そう言う事を考えてると思ったけど、図星…か」
「……何年掛かったとしても、僕……俺は師匠の世界へと抜け出してやりますから」
「…そう言う挑戦的な所、私は好きよ。 向上心や野心が有るって事だもの」

きっと目付きを鋭くした俺を見て、師は一瞬目を見開き、にやりと笑った。

「…ま、そう言う訳でこの庵と、私が偽名として使っていた『鳴瀬』の名字を…御舟、貴方にあげる」
「……え、」
「貴方には名字が無かったでしょう？ 私の世界では必要となるから、それを使いなさい。 住居はついでね」

ご褒美や餞別としては考えられないような譲渡品の規模に、少し圧倒される。
やはり…この人は時々行動の端に、その破天荒さを表す人だ。

「何事を成すにしても、行動の拠点は必要な物よ？ 此処を足掛かりに、色々な物を知りなさい」

そう言って、師は俺の頭を撫でる。
頭を撫でられるのはいつ振りだろうかと思案していると、その腕の向こうが透けて見える事に気付いた。

「…師匠……腕…」
「あら、もう時間が来ちゃうのね」

目が点になっている俺とは対照的に、師はあっけらかんとしてそう言って、自らの手を月明かりに透かす。
その指先からは細かい光の粒子が飛んでおり、徐々に消える事を示唆させるようになっていた。

「……それじゃあ、元気でね。 御舟」
「…はい、師匠もお元気で」
「…最後に、私の本当の名前を教えておくわね。 私の名前は―――――」

師が自分の名を言おうとした、その時だった。
まるでタイミングを計ったかのように、師は光の粒子となり…俺が生まれた世界を去って行った。

……これが、俺と師の思い出の、最後の場面だ。

そう早口で捲し立てるように言うが早いか、ミフネは自分が呼び出したドアの中にひょいと入り込み、勢い良くドアを閉めた。
バタン！と音を立てて閉まったドアは、閉まった瞬間からどんどん透けていき、やがて消えてしまった。
…ミフネの居た場所には、大きいポメラニアンのような狼が、ちょこんと座っている…。

そう言うと、左腕の包帯に巻かれた部分に触れると、ぼぅ・・・と淡い青白い光を放つ。手を離すと光は消える。

ハサミを鳴らしている

なぜかハサミを鳴らしている