【12日目/Side:G】


彼女の髪が好きだった。
昔からずっと、彼女の髪が好きだった。


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イゾルダに新しい衣装を用意した。
普段は多少汚れてもいい服を着ているが、たまにはこんなドレスもいいだろう。
この娘は脚が長いから、脚の線が出るような服を着せたらきっとよく似合うと思うのだけれど、残念ながら脚はまだ出せない。

「あの…やっぱりこの服、少し恥ずかしいんですけど…わ、私には似合わないと思う、し…」

消え入りそうな声で彼女が言う。
謙虚なところはこの娘の美点だと思うし、好ましいところでもあるのだが、もう少し自信を持っても罰は当たらないだろうに。

「僕が似合うと言っているんだ。座長の言うことが信用できないのかね？」
「え、いえ、そんなことは…ない…ですけど…」

柔らかな髪に触れる。
鏡に映る彼女は、少し顔を赤くして俯いている。

あの時の血はまだ落ちない。
何度も洗ってみたけれど、落ち切らず染み着いてしまった。
美しかった金髪は、今は斑に汚れてしまった。

けれど、覚えている。
彼女の髪の美しさを、僕は覚えている。
だから、昔のままだ。
鏡に映る彼女も、他人から見える彼女も、彼女が自分で認識している姿も。
昔の、ままだ。

無惨にも引き千切れた彼女。
砕けた背骨の代わりに死んだ馬達の脊椎と金属の支柱を入れて、破れた皮膚も縫い合わせて、どうにか人らしい姿になった。
けれどまだ、まだ足りない。
轢き潰された脚はまだ、元には戻らない。
僕の眼に映る彼女はまだ、重そうに体を引き摺って、まともに歩く事すらできない。
可哀想なイゾルダ。
意識と五感を上書きしても、何らかの違和感は感じていることだろう。
せめて脚くらいは、早く直してやらなければ。

イゾルダは僕がまだ子供だった頃、このサーカスにやって来た。
身寄りを亡くした彼女を僕の両親が引き取って、それ以来家族として過ごしてきた。
彼女ときたら小さい頃から気が弱くて、泣き虫で、少しからかっただけですぐ泣き出して。
最近は少しはましになったけれど、気が弱いところは変わらない。

僕は彼女をずっと見てきた。
だから知っている。

もし本当の自分の姿を見てしまったら。
この娘はきっと正気ではいられないだろうから。

僕は彼女を騙し続けなければならない。




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サーカスに悲劇は必要ない。
見るに堪えない姿を、見る必要はない。
聞くに堪えない声を、聞く必要はない。

誰も彼も目隠しをされて、観客に見える全ても、団員が演じる全ても、塗り替えられた喜劇だ。

怪奇天幕はその為に在り続ける。

夢が現実を騙り続ける為に。

きょろきょろと　身体を見回す少女の間近で呟いた　

少女の体を捕まえて　その首元に刀を当てた

すこし、くすぐったそうにしながらも咎める事なく手を預ける。
時折、別の生き物のように指をばらばらに動かしては驚かせてみせたり。
――そこに戻ってきた青年を見上げて、先の思考からつい、にんまりと笑った。

戸惑った様子があるのは、自分の怪しさを充分承知しているから。
良いの？と物問う言葉は、視線だけで返した。
なぜか咎めるよう、でもある。

声のする方に向き直り、ぱたぱたと手を振るクマのぬいぐるみ。

クマのぬいぐるみにクイクイひっぱられ、陶酔から我に返るセツナ。

愉快な格好と言われ、愉しそうなセツナとクマのぬいぐるみ。

クマのぬいぐるみの手をとり、手招きのする方へ。

敵を見ておらず