その険しい山道で一度、空を振り仰いだならば、しばらくはその場から動けないかもしれない。
　空に広がる星々の戯れ、今にも落ちてきそうな煌めきの大河が人々の眼に飛び込んでくるからだ。
　しかし、美しいその光景に見惚れている時間は少ないだろう。
　危険なにおいを持つものたちが、ひっそりと、近づいてくる。
　獲物を狙い炯炯と光る視線が、夜闇に眠る森の奥から、奥から、迫る。

　これまでとは比較にならない死闘が、始まろうとしている。
　ゼイラスにはその予感があった。

　恐れは、ない。
　むしろ、堪え切れぬ高揚感がもはや痛痒感に変じてゼイラスを苛み、悦ばせていた。
　危険な気配がひとつ増えるたびに、ゼイラスの内部で蠢くものがあった。
　いつまでも、繋ぎ止めてはいられない。
　鎖はもう、切れかかっている。
　歯止めが、効かない。

　
　この、澄んだ大気を膠着させる緊張感。
　ガラス質のそれは、もはや誰かが軽く指先で触れただけで崩壊しそうなほどに、限界まで、膨張している。
　
　ゼイラスは、仲間たちへ声をかけ始める。
　戦いの後に、一体何人が生き残っているだろうか。
　そのような思いを、一瞬、ゼイラスは抱いた。

「タニッドよ……冷静沈着でいろ
　決して、その槍の狙いを外すなよ

　不撓の大樹……お前は最前線にて、いかなる苛烈な攻撃をも受けきってきた
　今回とて、やることは同じだ
　鋼鉄よりも硬く、そこへ聳え立って見せろ

　クレイモア、お前の仕事は仲間の傷を癒すことだ
　そして誰よりも広い視野で鳥瞰し、戦場を掌握し、司令塔となることだ

　エロイン……今回は軽口を叩いている余裕も無いかもしれんな
　足を止めず、敵陣を掻き乱す、疾風となれ

　火威夜風、その女子力というのが何のことか俺には理解できぬ、が……
　お前の破壊力は脅威だ
　超重量級の一撃を以て、相手を粉砕せよ

　光宙、この俺をも上回るその魔力、存分に発揮するがいい」

　そしてゼイラスは、背中に装着された巨大な鞘から己が剣をゆっくりと、引き抜く。

　
　腐蝕剣ハマス・ソイル

　触れたものすべてを瞬時に腐らせる瘴気を発する魔剣……それを胸の前でどっしりと構える。

「行くぞ」

　ゼイラスは闇を、その視線で射抜く。

　戦いが遂に……


　開始される！！！