――その身を冷たい水に浸すように。
　全身を張り詰めさせる。
　指先一つ、髪の先に至るまで、全ての動きを知覚する脳だけが妙に冷静に俯瞰する。
　それは一種トランス状態と言ってもいいのかもしれない。
　肌に触れる風から世界を感じる。風に乗って世界へと溶け込んでいく。やがて私は世界へと至る。
　私は世界。世界とは私だ。
　一挙手一投足。この身体を動かすたびに掌握していく。
　嗚呼、それはなんて容易いこと。
　手繰れば簡単に引き寄せられるそれらは光に群れる蛾のように。
　意思無き物を意思在るように。意志有る者を意思亡きように。操る。操る。操る。
　糸を一つ増やす度に全身を浸す水の深度は増していく。
　より冷たく。より暗く。
　それは私を捕らえる澱。
　だけれども私には何の障害にも為り得ない。
　私の糸は私自身さえも操っているのだから。
　私の糸は私の意図を反映し。もはや私の意思に関係なく私は私で有り続ける。
　それはさながら無限機関。一度発動してしまえばもう止まりはしない。
　誰にも止められない。
　踊れ。踊れ。踊れ。この掌の上で。
　私自身さえも。踊り続けろ。

「………ぁー」
　不意に、ぱちりと目を覚ます。
　それは唐突の覚醒。あまりの不意打ちに、一瞬だけ夢と現の境目を認識できなかったほどに。
「……久しぶりに、見たかも？」
　そのおかげで、覚えていたくもない夢の内容をばっちりと覚えてしまっている。
　いつ振りに見たのか。いや、見ても忘れていただけなのかもしれないが、ともかく知覚できるだけで振り返れば随分と見なくなって久しい記憶。
　周囲を見ればまだ暗く、空気の感じからすれば夜明けまでまだ時間があるはずなのに、妙に目が冷めてしまってこれ以上は眠れそうにない。
　――別に、怖い夢だったわけじゃないけれど。
　何となく、思い出して苦笑してしまう。
　皆を起こさないようにそっと抜け出して、一人銀の月が照らす原っぱ（ステージ）へと歩み出る。
　お辞儀をしてから、ゆったりと踊り始める。
　指先一つから意識して。自分の身体を制御する。
　夢で見た感覚に久しぶりに慣らすように踊り始めたそれは、微かな郷愁。
　血族に未練は無かったけれど、あの世界には少しだけ思い入れがあった。感謝の心があった。
　だからそこに心を置くように、踊っていく。
　――少しだけ、だから。
　シアは浮かんでいる苦笑を自覚しながら、言い訳のように呟く。
　――あの世界のためを想って、祈っても……罰は当たらないよね？
　一人と世界のダンスはもう暫くだけ、誰にも見つかることなく密やかに続けられ。少女の胸の中にひっそりと仕舞われた。