オルフェ達と別れたリティリアは、そのまま歩みを四階へと向けた。
　警戒と索敵をいつも通りに済ませ、下に比べればがらんとした印象の拭えない四階へと上がる。

　この辺りとなればほぼ全てが空き室であり、いくつかは物置として使用されていた。
　立ち入る人間こそいるが、寛ぐ人間はいないため、細かい場所で微妙に埃っぽい。
　階層が高くなったせいか、吹き抜けの窓からは水の気配を孕んだ風が吹き付けてくる。谷底であり、水源が近いのだ、この匂いはこの塔にある特徴の一つだった。

　リティリアは風から背を向け、フードに湿気を肩代わりさせると部屋の一つへと歩みを進める。
　明かりも碌に配置されていない部屋を照らすため、常に持ち歩いているダガーを鞘から出した。
　護身も兼ねてはいるが、どちらかといえば作業用の意味合いが強い。刀身には数日前にかけたままの魔術光がまだ輝きを保ったままであり、直視が厳しい程度の光で部屋の中を照らしだした。

　……物置だ、そうだとしか言いようがない。
　ゼルダたちの物置部屋に比べれば少々マシではあるが、それでも雑多に色々と置いてある。
　薬草や薬品類、魔術具の予備などは随所にあり、ランタンから縄、引っ掛け釘、テントなど各種道具が突っ込まれている。
　全体的に機能重視なのは、ストイックな面々が残すと選んだから品物だからだろう。
　可愛げのあるものと言えば、現金を用意出来なかった依頼人から報酬として渡された品物各種であり。宝飾品や古代金貨、はては端金も同然なガラクタまで揃っている。
　武具も幾つかあり、それらは銀の武器や炎の魔剣など、特殊用途でしか使われないものだ。

「（……うん、確か、ロザリアが今度武器と金目のものは地下に移動させるって言っていた）」

　重いものを積みすぎると床が崩れる恐れがある。
　そうやわな作りじゃないのは最初の時に調査しているが、だからといって無理をしていい訳でもない。
　品物を移動させる場合、地下は貴重品保管庫となるだろう。ならばトラップの10や20位は仕掛けるべきであるとリティリアは疑いもなく思った。
　リティリア以外にこの手のを得意とするのはコーデルだけだ、コーデルはどちらかといえば解除専門だから、リティリアは自分以上の適任などいないと確信している。

　どんなトラップで侵入者を即死……もとい、捕まえようかと考えながら、リティリアは目的の物を探し当てた。

（「……トレニアが使っていた剣は、これか」）

　以前、対アンデッドに使っていた銀の短刀だ。霊体を斬れるだけではなく、武具としても中々の逸品で気に入ってた様子だった。
　今はとある騎士の遺品であり、皇帝より賜った霊剣があるためここに安置されている。

『―――灰白、戻れ』

　リティリアが少し念じれば、すぐに窓から梟が一体飛び込んできた。
　肩に止まるそれは、実に賢く首をかしげて見せる。

　見た目こそ動物だが、その実体は動物の体を借りた〈天使〉。神に仕えるようなそれではなく、どちらかと言えば守護霊の一種で、それぞれ違う分野の呪文に対して加護を授けてくれる。
　リティリアが契約している〈天使〉は三体、治癒、知識、そして結界の呪文に対して加護を得ている。

『呪文を行使する、手伝って』

　思考会話で短く伝え、リティリアは呪文の詠唱に入る。

（「……トレニアの場所を特定してから《瞬間移動》で移動、トレニアと合流したら魔力を回復させてから移動」）

：：

　アデルの機嫌は余りよくなかった。
　不機嫌というほどでこそないものの、冗談は受け付けないとばかりの顔で肘をついている。

　そんなアデルをロザリアは籠の中から眺めていた。
　気にしているといえば気にしているが、まだ口を挟む必要があるとは感じていない。ただ。

「アデル、もしかしてリタイヤ見るの初めて？」
「うん？　……うーん、傭兵さんしてた頃は負傷退場とかそこまで珍しくなかったんだけどねー」

　アデルの物心がついた頃、彼女は傭兵団の養女という立場だった。
　身元は不明、団長が言うには依頼を受けて潰した奴隷商の元で発見したらしい。
　最初はもちろん適当な街で孤児院にでも預けるつもりだった、しかしなつかれてしまったことに参った団長がそのまま連れ歩き、アデルは傭兵団の面々から武術を教わりつつ成長した。
　14才になって、アデルは再び誘拐された。クロガネと契約したのがその時だ。

　黒い剣を携えて戻ってきたアデルを傭兵団は大騒ぎしながら出迎えてくれた。
　治安維持という名目で出た幾分かの賞金を渡されたが、そんな事より傭兵団の人たちにどう顔向けすればいいかわからなかったアデルは、暫くの間塞ぎこんでいた。
　アデルの心配に反して、彼女を咎めるような事は何もなく、傭兵団の面々はいつも通りに接してくれた。

　アデルの腕で『あれ』が出来たのかという疑いこそ抱かれたものの、連中が惨殺された事に関してどうこう言おうとする人間はいない。
　……生死に対してシビアな世界に生きている故だ。
　そもそも家族同然に過ごしてきた娘が塞ぎこんでいるのに、妙な事で責め立てるような真似が出来るはずもなかったのだが。

　それから十年ほどだったか、アデルは不老の身を隠すために傭兵団を離れていた。
　時々養父と顔合わせをしてはいたが、あの時から全く成長していない体の事を尋ねない優しさが申し訳なくて、交わす言葉は少なく、過ごす時間も短いものだった。

　ある日、アデルのもとを一人のメイドが訪れた。
　アデルが肌身離さずつけているブローチを指さし、『お迎えに上がりました』と言い放った。

　……クロガネは『詩人が好みそうな話だな』と薄く笑い、アデルは『何の冗談だ』と少し困った様子でメイドを制止した。

　回想から立ち戻り、うん、とアデルは頷きを一つ挟んで。

「お姉ちゃん、色々あってクロガネとしか行動してなかったから」
「……その年で世間知らずとはね……」

　呆れたように、ロザリアが籠の中で寝返りをうった。
　視界が回転してアデルが見えなくなる。

「……だって、知らない事なんて多い方がいいじゃない。想像の余地があるって素敵よ」
「あー」

　見つけた、とばかりにロザリアは途端に飛び上がる。再び籠の縁に寄りかかりながら。

「リタイヤの実物を目の当たりにした感想は」
「……ロザちゃんったら性格悪い」

　もちろん褒めてるのよね、とロザリアは楽しそうに羽根をパタパタさせる。

「シャンテだって言ってたじゃない本音を聞いてみたいって、私が代わりに聞いてやるっていうのよ」
「お姉ちゃんそんなこと言われると教えたくなくなりますー」

　頬に手を当てていやいやしてみせるが、当然二人とも演技だってわかりきっていた。
　ただのポーズ、じゃれあいだ。だから暫くすると普通に戻り、話が続けられる。

「シャンテちゃんはね、お姉ちゃんと同類なの。日頃から猫かぶってるかどうかってお話はあるけど、だから一応可愛がってたつもりだし、ちょっと感想が出てこないなぁ」
「ちょっと本音に戻って話してよ」
「そうねぇ」

『―――もうちょっと遊びたかった』

案山子は体を左右に揺らし。メイは頭を下げ。
ヒエンは、うとうとし始めているようだ。