立ち止まって、頭を垂れる。
　地面の色を落ち着いて観察し、目当ての方向に少し身体をずらした。
　見た目には柔らかそうに見える砂の上へ、そっと足を差し出してみる。そのままの姿勢を保ちながら、自らの影がついた砂の色を確かめた。

　一度体勢を立て直す。
　記憶の中にある大量の本の中から、目当ての物の特徴を思い出し、もう一度脳裏に列挙してみた。

　確信へと至り安堵の息を吐く。
　フローラはその場でしゃがみ込むと、服の内側から親指の先ほどの小さな瓶を取り出して、足元のさらりとした砂を中へ詰めた。
　蓋を閉めるとまた新しい瓶を取り出す。僅かに身体を捻る。砂を詰める。蓋をする。もう一つ瓶を取り出す。身体を捻る……。
　謎の挙動を繰り返し、フローラはとうとう一回転した。

　立ち上がって木陰へと移動し、集めた砂入の瓶を光の当たらないように円形へ並べる。目を凝らして見れば、それぞれの砂の色合いが微妙に違う事が分かった。踵を軸にしてぐるりと回っただけの小さな範囲に、10を超える数の異なる砂粒が放射状に存在したという事実。予備知識のあったフローラでさえも、少しだけ背筋が寒くなった。
　どうして、と思う。不思議だな、と思う。
　そして、この技術を編み出した人物の執念というものに、指先が触れたような気もする。

　深呼吸。
　フローラが感じた微かな雑音も、砂の色を見つめるうちに溶けて無くなってしまった。
　必要なのは正しい手順と、充分な集中。余計な感情は邪魔なだけだ。
　無になろうとする。何も考えない自分を求めて瞼を閉じる。フロレンス・リリーアンは、薄く透ける光の筋になって、幾数もの砂の隙間をくぐり抜けなければいけない。瓶の表面に施された紋様をなぞりながら、細く、切れそうなほどに細く。外界から遮断された透明な世界を、旋風のように素早く、正確に、ただ一点を目指して……！

　突如強烈な眩暈に襲われて、どうしようもなく足が縺れた。
　抵抗はしない。フローラがそのまま重力に従って倒れると、行き場を無くした半端な魔力により、瓶の中からひびが入る。不自然に洩れ出した砂たちが、作られた円の中へ不完全な陣を描いた。

　呟きはある程度の覚悟を含んでいた。
　まさか、たった一度で上手くいくはずもない。そもそもフローラがこの術式を成功させるには、圧倒的に地力が足りなかった。なにしろこれは、常人には動かせない大きな魔術の基盤の一つなのだから。

　それでも、これに賭けてみる事にしたのだ。どんなに可能性が低くとも手段は限られていた。もう一度と願うだけでは、この夢は醒めない。
　フローラは額にうっすらと浮いた汗を拭うと、再び足に力を入れて立ち上がった。壊れたはずの小瓶は既に修復されている。全て拾い集めて懐へ入れ直すと、慎重に歩き出した。
　立ち止まって、頭を垂れる。



　この砂の色は、全て同じだ。

手は相変わらず、フローラの細腕を掴んだまま。
彼の言葉に、首を傾げつつも静かに耳を向けている。

一拍子の沈黙を置いて、掴んだ腕をグイと引っ張り。
目前へと、フローラの顔が来るようにと誘導を試みた上で、口を開く。

自信と興味に満ちた瞳で、フローラを見つめている。