第９話　レッツジャンプ

ギシギシと音を立てる木造の階段を駆け上がり、一目散に２Ｆの端に設置された非常階段に向かって駆ける。
アリアの放ったサラマンダーの弾丸が目の端に映ったのも束の間、着弾した地点からアルコール類を燃料に、１階の床を這うように火災が広がった。
炎の手はほんのわずかな間に勢いを強め、2階へと広がっていく。
周囲には既に煙が立ち込め、黒煙が視界を塞ぎつつあった。
火災で一番怖いのは、実際の火よりこういった高温の煙やガスだという。
フロアに蔓延する前に、脱出をしないといけない。
火災の原因を作ったのがアリアだということがばれたら手配書が配られたりするんだろうな、という後ろ向きな思考を捨てて、悪いのは全部黒服で話を通そうと心の中で誓う。
考えてもみればいきなり店に押し入って、客を殴るわ銃を乱射するわとやりたい放題やったのだから、悪事の目撃者も多数いることだし、この際火災の責任が増えたところで大差ないだろう。
後で口裏を合わせておこう、そうしよう。
最初に入った時に目に焼き付けた店内地図を思い浮かべ、先頭を走る。

ずっとキャレットの手を引いていたことに気が付き、その事実に驚いて咄嗟に手を放す。

美少女の手を引き驚いて手を放すシチュエーションながら、捗ります宣言を受けた後では何も芽生えなかった。

非常口はエルに案内された部屋の直ぐ近くに位置していた為、脱出がてらに荷物を回収する。
飲みかけのグラスを掻き分け荷物をひったくるように掴むと、後方からやってきた鳴丸に放り投げた。
こういうことを考えて場所取りをしたのだとしたら、なるほどしっかりした人である。

ネクターの詰まった教授の鞄モドキもきっちり回収して出口に向かった。

取っ手を回し、蹴破る様に非常口への扉を開け放った。
サッと目を走らせれば、丁度黒服が一人非常階段の下へと駆けてくるところであった。
配備済みで無いあたり幸運だったが、しかしこのままだと階段の半ばあたりでばったり出会う構図だ。
しかも黒服はサラマンダーのエンブリを具現化させて連れている。

後ろから雄叫びのように声を張り上げるのは鳴丸だ。
リュックにポーチ、方から鞄を掛けた完全荷物持ち装備の状態で、両手にテーブルを抱えて走ってくる。

飛び退って避けた先に鳴丸が大きなテーブルを放り投げる。
手摺に当たって盛大な金属音をかき鳴らしながら落下するテーブルは、階下から駆け上がって来る黒服に反応する間も与えず直撃する。
降って沸いた大型テーブルに押しつぶされ、黒服は踊り場でテーブルに挟まれたまま身動きが取れなくなった。
具現化されたサラマンダーが黒服の男の服を引っ張って助けようとしているが、犬ほどの大きさのサラマンダーにはそこまでの力は無いようである。

意味不明の掛け声一つ、テーブルの上に鳴丸が飛び乗った。
高さを利用したストンプ攻撃に、潰れたような呻き声を上げる黒服の男。
もちろんのことながら、にっこり微笑みながら鳴丸に続いて跳躍する。

5人に次々と踏まれて完全に伸びた黒服の隣で、サラマンダーが光の泡となって消えていった。
エンブリオを維持するのに必要な意識が途切れたらしい。

すっかり伸びた黒服をテーブル越しに踏みつけて、アスタリスクが最後に続いた。
振り返れば火災が起こった宿へと人が集まり、自警団らしき人が数名、魔法で水を発生させて消火活動に当たろうとしているところだった。
非常に早い対応である。あんがい客の中に居た人かもしれない。
足を止めて少し探してみるも、黒服達やサングラスをかけた男の姿は何処にも無かった。
意外にあっけない引き際である。
奇襲が失敗して撤退したのか、はたまた別に原因があったのか。

命があることを天に感謝した。
黒煙を飲み込む空は高く、日差しは強い。
一瞬吹いた強い風に鳥達が飛び立ち、煤の混じった土埃の匂いが鼻につく。
とりあえずは火災現場から立ち去るのが最善だろう。

消火中の建物を眺めながらエルが言う。エルは建物からアリアに視線を写し、半眼で見つめる。
額から汗を流し、視線を逸らすアリア。

いいコンビである。

満場一致で駆け出したのだった。