焦りが手を滑らせる。
言葉とは裏腹に、”あと少し”が一向に進まない。
とっくに馴れ親しんだと思っていた流れ作業も、状況が違えばこうも変わるのか。

こんな事なら普段から訓練しておくべきだった…。

そんな後悔を抱きつつ、手を動かし続ける。

ハっと息を呑む。

悲痛な叫びが小川に響き渡る。
魔法少女ライネ・スパークル、またの名を黒閃の雷蛇ライン。
その日の彼は、とてつもなく着替えに手こずっていた。


………

……

…


そもそも、事の始まりはPKK――すなわち賞金稼ぎである。
帝王イカの噂を聞きつけてか、小川には多くの人々が集っていた。
そこには自分同様の賞金首も居れば、それを狙ってきた賞金稼ぎも居る。
それ自体は当然の展開だ、何もおかしな点は無い。

唯一困る事があるとすれば――



――賞金稼ぎは着替え終わるまで待ってくれないと言う事か。



賞金稼ぎの気配を感じて咄嗟に逃げ出したは良いものの、その気配はどこまでもついてくる。
直接姿が見られた訳では無いだろうが…この姿が見られたらタダではすまないだろう。

…いや、男として人生が終わるとかの意味ではなく…もないが。
ライネ・スパークルは諜報活動に必須な大事な姿である、嫌疑が掛けられるのは避けたい事態だ。
もちろんライネ・スパークルとしてそ知らぬフリで賞金稼ぎの前に飛び出すのも危険だろう。
どう転んだ所で、ライネとラインは同じ顔なのだから。勘ぐられれば言い訳も通じない。

この状況を打破するには、黒閃の雷蛇へと着替えて賞金稼ぎへ応戦する他に無い。
それが、今のこの状況の顛末である。

ぐちぐちと文句を垂れつつも、何とか着替えを進める。
少々不恰好ながらも、着々と黒閃の雷蛇へと近づきつつあった。
賞金稼ぎの気配は変わらず感じるが、まだ視界の中には入ってこない。
ひとまずは峠を越えたか…、ふぅっと一息ついた。

ラインは無性にもじもじしている。
無理も無い事だ、その格好で下着がソレだと違和感もあるだろう。
それもこれも時と場合を弁えない賞金稼ぎのせいである、ラインは腹立たしい気持ちでイッパイだ。
別に、ちょっと気持ち良いかも…なんて思って無いんだからっ！その点お間違えなく。

とにかく、ギリギリで着替えを済ませて彼は戦いの場へと踏み出した。
こんな手間を掛けさせてくれた賞金稼ぎには、相応の報いを与えてやらねばいかぬだろう。