〜とあるサラマンダーの手記〜


異世界から来たという奇妙な少年と出会い、行動を共にするようになり１０日が過ぎようとしていた。
王のネクター占有という、世界にとって乱心とも狂気の沙汰とも取れる暴挙に対しての民衆の蜂起。
いわゆる一揆に参加した者たちの中には、原住民のみならず他世界よりこの地を訪れた者たちが数多くいた。
それぞれが、それぞれの目的をもっての参加。
その是非は、一介のエンブリオたる俺に断ずることは出来ない。
それが一揆に参戦する者を狙う、ＰＫと呼ばれる人斬りどもであってもだ。
ＰＫと一括りにしたところで、やはり意味を持たないこともまた道理。
それはＰＫの数だけの目的があり、その他数多の一揆参加者の目的と比べても決して優劣はつけられない。
ともあれ一揆という激流の中にあって、辿り着くべき場所を目指しつつも、互いに共食いをするという奇妙な生存競争が発生していることは、その本来の目的に照らし合わせてみても実に憂慮すべき問題であることもまた、確かだ。
しかし、弱者必衰は世界の摂理。
強者の血肉となりて、強者の歩みを王の元へ近づけるためには必要な贄なのかもしれない。
烏合は所詮烏合、所詮強く孤独な猛禽とはなり得ない。
王の足元へ辿り着き、その首を噛み千切り引き裂く獰猛な猛禽となり得るのは、果たしてどれくらい居るものか。
それはある意味覚悟の違い。
他者を食い尽くしてでも頂点に立とうとする妄執にも似た確固たる信念。
それを持たぬ者が進むことを許されない時が、来ないとも限らない。
その時が来たら、果たして隣を歩くこの少年は何を思う。
少年が共に進む者たちは果たして何を思う。
契約者と仮初の時を同じくする俺たちは、ただ願うしかできない。
その時が明日来ないことを。
１日でも長く、この時が続くことを。

………なんてな。

そんな未来のことを考えても仕方ない。

ところで、俺がなぜ人斬りなどいう連中のことを考えているかといえばだが…

…まあいい、あえて教えてやることもあるまい。
気付いたとき、どう考えどう行動るるかもまた少年の自由だ。
俺はエンブリオとしての使命を果たすとしよう。

一瞬ドヤ顔を見せていたようだが、『殺気が足りない』と指摘されると
びくっと体を硬直させた。

「家の人にもぼんやりしてるー…って注意と言うか、言われるし……」
そういって肩を落とす。　剣を抜いた事に対する取り繕いは、見られなかった。

結局、わたわたとしながらチャチャカの事を気遣う辺りは優しさを捨てきれないのかもしれない。

ぽい、と放り出した大包丁は、黒い精霊がキャッチするように
空中に浮かび上がる闇へと吸い込まれるように消えていった。