楽園世界アイオネラ。

その世界律は無条件の充実。
足りぬことなく、満たされぬ事なく、終わることなく。
永遠とも取れる充実の日々を約束する為に、そのありようを保ち続ける世界。

一切のネガティブな要因が存在しないこの世界では、生存する人もまた、その有り様を変えることになる。
さもなくば生きられない。その侵食は負の側面を持たぬが故に、あらゆる生命を虜とする。
楽園とは、過酷な世界なのだ。　そして住人たちは、それを知っている。
アイオネラから出た事もなく、外の世界をしらぬのならば別かもしれないが――
ここに住むものはすべて、生きるうえのある問題に直面するからだ。
即ち怠惰。即ち食傷。　恐らくは倦怠を振り切るべく手を伸ばしたとき、初めて自分達に掛けられた呪いに気がつく。
それを洗礼と呼ぶ者も居るが、正にその瞬間、彼らはアイオネラにおける”大人”と看做される存在になるのだ。


その自覚ゆえに、コミュニティも子供と大人の2階級に大分される。
子供達は大抵が幼年期を基幹とする、結束の強い小集団。
大人たちはその技能や趣向の遠近で緩やかな集団に分かれる事が多い。
いずれにせよアイオネラ人は群れる事を好む。
一人で居るのより、遥かに”呪い”への耐性が強くなるからだ。


思う限りを居のままに出来る自由。　溢れるばかりの才覚。　そして欠乏なき充足。
彼らには人生において、達成するべき目標が何一つない。すでに満たされているから。
そんな彼らが生きていくには、目標は作出するしかない。しかし個人で達成できるあらゆる行為は時間の問題だ。
なればこそ寄り添う。　なればこそ頼るのだ。
この世で尤も意のままにならぬもの、人の心に触れ合ってその不安定さを癒しとするために。


数は多ければ多い方がよく、反応が奇抜であることは歓迎される。
少々の悪戯や、過激なスキンシップも同じ事。　ただ単に「面白い奴だな」とみなされるわけではなく。
隣人の存在は寿命に直結するのだ。
人にさえも飽き果ててしまったときこそ、呪いの成就のとき。それが彼らの寿命ともいえる最期となる。


アイオネラから飛び出して外の世界を探求する者もいるが、世界一の安寧に生きた彼らにとって「外」は
過酷にして異質だ。　常識は通用せず、初めて飢えを体験する者も多い。
例外もいるが、大抵は”呪い”の症状が進行してしまった個体だろう。飽き果てたとて、命を晒すのはやはり恐怖を伴う。
それすらも一興、という段階に達してしまった者達だけが、外に赴くのだ。


無論、志半ばで倒れて果てる者も多い。
楽園で手にした多くの準備や力は、強力ではあるが旅路の全てを加護するには足りないから。


それでもしぶとく行き残り、まともな人間としての感性を手に入れたとき――
　始めて彼らは呪いから解放され、真の意味で生きている事が可能になるのだ。
そうしたサクセスストーリを歩む事ができたものに大しては、故郷たるアイオネラもまたその本質の姿、楽園としての歓迎を見せるだろう。
足りぬ、を徹底的に味わった者にとってのみ、身に余る充足は快たるものなのだから。







―― まー外界の常識に囚われないモルトはまだ若輩のぺーぺーで心の開放には遠いっていうことですよ。

アルミ・カーンを指さしている。