思ったより、やわらかかったの、かなあ……？
　でも、やっぱり、龍の子どもはショウが言うように、世間知らずなだけなのかもしれない。
　それは、ひとのことは言えないけれど。

　子どもの龍と、キラキラなのと、そこからいのちのかけらをいくつか手に入れて。
　あと、こっそりマシェからも、ふたつの手のひらで掬うくらいのいのちのかけらを手に入れて。

「ソウちゃん？」
　手に入れたいのちのかけらの整頓中、マシェがポツリとつぶやいた。
「あれはちょっぴり、いたかったにゃ……。
　た・ぶ・ん、それは、混乱してたからだと思っておく、けにょ……ね……」

　……。
　なんか、ばれてた。


　とにかく。
　水浴びリフレッシュを兼ねて今度は、城の方から流れるという、綺麗な小川のほとりまでやってきた。


「ひゃー、すごいなすごいな、みたことないぞはじめてたぞ！！
　川の水もキラキラしてるくらい綺麗で澄んでるし、なんかなんか――強そうな感じがうようよしてるぞ！！」
「う……あんまり、それは、こわくて、うれしく、ない、にゃあ……」
「ん？　マシェはこわがりだったな。
　だいじょうぶだ、強いのは千巌たちからバラバラにならなきゃあんまり関係ないからな！！」
「う……ほんとうに？」
「ほんとうに、だ！」


　千巌の言う”つよいの”はよくわからない。
　けどたしかに、シキが持ってきてた紙（テハイショ）に、乗ってる顔がうようよ見える。


　例えばあっちのほーには、ぼろぼろの幽霊のような、銃を持った黒髪の女。
　それは女と同じようなちょっと違うような、まっしろいびょーきの匂いをするのを従えて、ぴんぴん元気な女３人を狙ってる。
　たぶん、あれは、びょーきのほうが、元気のいのちを冒す、の、だろうな……。

　あっちには、腕のキラキラ色がめだってる、まっくろいどろどろの何かがいる。
　どろどろは森のわんこの匂いを嗅ぎつけて、どろどろどろどろ進んでる。

　あれはきっと、どろどろが、どろどろごと喰らうのかな……？
　いや、ぎりぎりどろどろがのこる、の、かな……？

　他にも見たような絵の顔がいくつかあるけれど、なんだか平和に遊んでた。
　あの辺りが“いのちの価値”を持つもの、かあ……。


「賞金稼ぎは、いにゃよ、ね……？」
　ぼうっと辺りを見回していたら、不安をマシェが口にする。
　ショウキンカセギ――って、“いのちの価値”を持つものを、狩りに来るもの……だった、よな。
　じゃあ、多分あれ、かな……？
「賞金稼ぎ――多分、あの辺――」
　腕を上げ、指差したボクの代わりにユノが答える。
　指の先のはるかかなた、そこにはふんぞりかえったぎらぎら宝石――の後ろに控えた、ちみっこ。
　それが、奇妙な凸凹カルテットに狙いを定め、迎え撃とうとしているところだった。
「へえ、いるもんなんだな！　あれ、あのあとどうなるんだろうな！？
　賞金首が捕まるか？　それとも賞金稼ぎがぺこぺこにされるか？」

　たぶん、“いのちの価値”を持つ方――いわゆる、ショウキンクビ側が撃ち抜かれて捕まるんじゃない、かな……。
　そう思いながら、襲っている側のほうへとボクはゆっくり指している指を向け、空をそっと大きく２度、払う。
　ショウキンクビに、ゆっくりと、ばってんのしるし。

「んー、ソウはあれは賞金首側が負ける、と思うのか。じゃああっちはどうなるんだろうかな？」
　ボクの帽子にぽふっと手を置いて、軽いノリで千巌が槍をある方へ指し示す。

　そこにいるのはふわふわのふくふく。
　紫色のぴかぴかに、ふくふくがきゃっはーと近づいているところだった。

「あのぴっかぴかなのも賞金首っポイぞ、この間わんてでーて書いてある紙についてる絵を見たからな！
　で、あの腕がないふわふわはちょっとゆーめーな賞金稼ぎらしいんだ。ソウはどっちが勝つと思う？」

　どっちが、かつか……かあ。うーん……なんか、むずかしい……気が、する……。
　でも、なんとな〜く、腕がないふくふくが勝てるよーな感じがしないんだ、けどなあ……？

　その２人を見ながら首を傾け考える。
　少しの間そうしたあと、ボクは紫色のぴかぴかのほうに、だまって腕を向け指をさした。
「てーことは、紫のぴかぴかが勝つと思うんだな？」
　こくり。首をゆっくり縦に振る。
「意外にゃ……。わたしは、腕のない天使のほうが勝つと思うにょに……にゃんで？」

　ナンデトイワレマシテモ。
　何となく……しいていえば、勝つっていう感じが見えないっていうか……。

　しばらくの沈黙が流れる。
　さらさらと、小川の音が流れていく。

「っま、いっか！　ひとのことだしな！！
　んじゃこっちはこっちで、今日の相手を――」


　がちゃん。
　見つけないとな！　という千巌の言葉は、ボクのひざが崩れ地面に激突する音に遮られた。


「「「だいじょうぶ？」」」
　ひざが崩れ地面にひざまづいた、その瞬間に上から降ってくる３つ。
　３つともぴったり同時で、おんなじ言葉。
　とっさにどうすればいいか分からなくて、でも顔をあげるちからもなくて。

　素直に、首を横に振った。

「水、だめなのじゃないかしら。
　会った時からあなた、水のそばには近づいていなかったし、夜露や朝露に濡れない場所にいつもいた」
「サヤ結構見てるな！　ってことは小川のほとりとか森の霧とかものすごいダメじゃないのか？！」
「うん――実はソウ、水、あんまりよくない――」
「多少ならわしや嬢ちゃんたちが弾いて吹き飛ばしとるけんど、掛けられたり被ったりするとコトじゃのお……」
「それにあなた、ずっと飲食自体をしてないでしょう。
　ちょこちょこユノちゃんはつまみ食いをしているみたいだけれども、私たちが昨日食べたときどころか初めにたくあんを口にしたときですら、ソウ、あなたはひとかけらも食べ物も飲み物も口にはしていなかった」　
「あ――、それは、ソウは――」

　２人からのコトバの受け答えに、困ったようにユノがまたたいている。答えていいのかいけないのかというカンジがしてる。
　うん、確かにあんまり話されると、ひたすらボクに困るわけ、だけど……。

　……いいよ。
　その先、少しだけなら、言って。しかたがない。

「――ソウは、たべられないから――。
　食べることも、飲むことも、眠ることもできない――から――だから。ユノが――代わりに――いのちをつないで、るの――」
「じゃあ食えユノ、もっと食え！　食えばソウは回復するんだろ！！　確か今なら食べ物いっぱい荷物にあったぞ！！」
　そういうと千巌が荷物から、おにぎりを幾つも出してきた。
「あ――うん、でも、いのちをつないでわたせるのも――限度がある、の――」
　いくつものおにぎりを目の前に、ユノがちかちか、しどろもどろ。
「この間の、龍のいのちみたいに――つよいのだったら、たしかにいっぱいわたせるんだけど――」

　あれは殆どは、ヘイムさんのこぼれるいのちを繋ぐために使えって、ユノにはいった。
　なので実際には、龍のいのちはボクはひとかけらしかもらってない。
　そのあたりに関しては、頼むから絶対に、ユノ、言うなよ……？

「――あの、えっと――ソウに、近い方が――」
「つまり、代わりに取って生命力を渡しているといっても、私たちの飲食と同じで。
　馴染み易いもの、栄養になりやすいもの、吸収できずにダメになってしまうものと、生命力の元によっては差が激しいってことかしら」
「うん――」
「え、えーと、サヤ、つまりどういうことだ？　千巌よくわからないぞ？」
「生命力の元がソウ自身に近い方が、ソウにはなじみやすく元気になれる――かしら」
「よしわかった！　マシェ手伝え、千巌を乗せて空飛んでくれ！！」
「ふえっ？！」
「ソウ位の子――６・７歳くらいの女の子、人間――が多分いちばんいいんだよな、探してくる！」
「ぁぅ、わかったにゃ……さやちゃん、ソウちゃんおねがい……」
「分かったわ」
　まくしたてるようにそういうと、マシェの背中に乗って千巌がぴゅーんと飛んで行った。


「……」
「……」
　残ってる組はあんまりしゃべらないサヤと、そもそもしゃべろうとしないボク。
　そばでユノがちかちかふわふわ、たよりなくふらついているけれど、間は、まったく、持たないよ、なあ……。
　そう思いながらゆっくりと、ひざから崩れてる状態の体勢を治そうと動かしていく。

　なぁんか、身体がギシギシいう。
　やっぱ、水のそば、キッツいんだなあ……身体の節々がスゴイ動かしづらい……。

「ちょっと、借りるわよ」
　そうしていると、上から聞こえてきたのはサヤの声。
　そういうと彼女が少し屈んで、ボクの腰袋に手をのばす。
　とっさに身構え、身体を引く――けれどあんまり動かない。
　サヤはそっと腰袋から、ボクの油さしを取り出した。

　それ、かえせっ……！
　と手をのばそうにも、あんまり動かない。

「会って、10日。それで相手を信じろというのは無理だと思ってる。
　私もあなたたちを絶対的に信じられる？　って聞かれたら、多分それは、無理って答える」
　ボクの油さしを持ってはかぽん、ゆっくりとした動作でふたを開けて中身を確認し、サヤがそっと呟いていく。
「だけど、会って、いっしょに生きてきて10日。
　関心がそんなになくても、いっしょに生きていれば相手のこともすこしは知れるし、それがいい子だったなら情も湧く」
　サヤがボクの高さに合わすよう、片膝をついて地面にかがむ。
　油さしを手に持って、ボクの関節に近づけて、注ぎ口を傾ける。
「……みんなが、心配してるの位は、伝わると、いいかな」
　そういうとサヤは、なれない手つきでゆっくりと、ボクの関節に油を差していってくれた。


　油を差してもらって、布で拭いてもらって。
　いわゆる応急処置をサヤにしてもらうと、だいぶ体が動くようになった。
　ぺこりとサヤに一礼して、油さしも返してもらって腰袋にちゃんとしまって、そして座って。
　ゆっくりと川辺の音を聞いて待つ時間があって。


　ほどなくすると文字通り、千巌とマシェが飛んで帰ってきた。


「見つけたぞ！　金髪のきれいな服着た女の子が、川辺の石に座ってた！！」
「綺麗な髪？」
「ん？　あぁ、すごいぞ、ぴかぴかーってしてたぞ！
　でもあれ、たぶんソウとおんなじくらいだ。そんな強い感じじゃなかったけど……アイツのいのちをすこしもらってこよう！！」
「そうね、行きましょう。立てるかしら、ソウ」

　こくり。
　首を縦に振ると、差し出されたその手を、ボクはつかんで、立ち上がった。

にょきっと伸びた薔薇の蔦が花を運んで来る。

少し顔を背けて言う。どうやら、腐肉料理の事で負い目を感じているらしい。

シャリン――、シャリン――
　どこからともなく音がする。

　　　シャリン――、シャリン――
　　　　それは、だんだん近づいてきている、そんな気がする。

シャリン――、シャリン――
　どこからともなく音がする。

　　　シャリン――、シャリン――
　　　　それは、だんだん近づいてきている、そんな気がする。

幼子とは思えない殺気が放たれる……。