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赤い空の下に、異形は立つ。

その異形にとっても、ここは、大切な場所である。
その学び舎はこの世界には存在しなくとも、
たとえ世界を渡った後、その場所は今まで通りとはいかなくとも、この思いはきっと、永遠である。それはきっと、彼女にとっても──。

異形は立つ。

誰かを討つためではなく。
一人を待ち侘びて。

顔と呼べるものすら持たぬ、炎を灯し続ける人外を、どんな姿のままでも、と笑った彼女を待つ。




やがて。

出会う。




彼女もまた、あの世界とは随分と変わってしまったけれど。
悪戯に世界のシステムに翻弄され続ける二人は、それでも出会えたことに笑い合う。

長身の異形が、まるで少女のように駆け出した。
両手をいっぱいに広げる。
抱きしめにいく。
何処か大胆で、身勝手で、奔放な仕草。
姿見は何一つ合わぬのに、それは、一条瀬織の、行動そのままに。






せおり「念ちゃん……！」

念「せおり……ッ！」







───





二人は語らう。
これまでのことも、これからのことも。

時間も忘れて。

この世界のことも、
あちらの世界のことも、

日常も、
非日常も。

時間は限られている。

この化物はアンジニティに属しており、
隣で語らう少女はイバラシティに属し、
近いうちにまた、離れてしまう二人は、それまでに許された時間を共にする。

そうして、最期に交わす。




『いつか、また会おうね。』　と。





たった数十日後のこと。
異形のものはそれまでに人の形を得て、
青い空の世界に人として立つ。

もうあの世界は、穏やかなままではないだろう。
大事なものはいくつも失われているはずだ。

だから。
それまでは。


穏やかで、しあわせな終末を。

---

──本当にこれで、終わり？

---

時は遡る。

持明院 寂怜と共に崖から落ちて、
一人の鬼の命はこの世界で終わりを迎えた。

終わりを迎えたのだ。

命に一度も二度もない。
ただの鬼に、理を覆す力などない。
本来、人が鬼と化すことすら奇跡であり、
同じ人間に都合良く存在が変わるような事例など早々起きるはずがない。

ならば、今、鬼を異形の化物と変えて、
一条瀬織を名乗るこれは何か。


『一人じゃ立ち行かなくなるって言ったのに』
『やっぱり、一回躓けばそこからは早かったね。セオリさん』

死した身体の中で巣食っていたもの……否、育まれていたものが意識を持つ。
もうそこにはない魂に、内側より話しかける。

それが、鬼の体の中に入ったのは、たった１５時間前のこと。
けれどその時間で十分に、体を巣食うまでに、成った。
本来ならば、命ある鬼のサポートを、四肢が欠ければ再生を、ただの鬼を、押し上げる力を。
そんな存在であろうとした者は、実った途端に肝心の身体の宿主を亡くして。

ならばと、目的を改める。

海で伏せた死体を動かし、
欠けた肉体は、失った鬼を模しながらも自身で補い、
波を操り、これからの事に適した声を得る。

まだ、その時点では人の姿に成るまでは力は足りなくとも、何をすれば良いかをそれは知っている。
一条瀬織がどんな人物で、何を願って、どう生きていたか。
内も外も見た、唯一の存在である〝彼女″ならば、持ち前の器用さ、素晴らしい演技力で……

一条瀬織と、成ってみせるだろう。




それは生きるために。一条瀬織が幸せである為に。
生まれた新たな目的と共に彼女は歩む。








『だから、みんなにはナイショにしてね！』








画面の向こうの　あなた　に向かって、

白波白楽は、そう、微笑んでみせた。

---

青い空の下に、少女は立つ。空を見上げる。

長い髪はリボンで束ねて、短いスカートは髪と共に風に揺れる。

何もかもがもう、変わってしまった世界で、
この少女は変わらない。

きっと、何も変わらない。










「戻ってこれた……んだ……。
んー、……風が気持ちいいや。」

「この世界、次郎くんっているのかな。
それともあの顔が火傷の人なのかな……。」

「会いたいなあ……元気かな。」

「あ、……って、パパとママも探さなきゃ！
やっぱ家族一緒じゃないとさみしい！」

「念ちゃんのことも心配だし。
特進の他の子も……ああ、気になることもやることもいっぱいだよ！」

「よし！とりあえず景気付けに焼肉だ！」

「お肉があれば大体のことは解決できる！
むしろお肉が解決できないなら、それは解決できなくても仕方ないことだし。」

「今日くらい贅沢しよ。
上がつくお肉縛りしちゃお。ふふ。よーし！」



高らかに宣言を。

声を弾ませながら、期待に胸を弾ませながら。









────さあ。幸せに、なりに行こう。