［基本］OK.　［戦闘］OK.　［取引］OK.　

時計塔の針が、12を指す。
結果のアナウンスが響く。それは無情にも、アンジニティの勝利を告げるもの。

負けた。
その事実は、そう簡単に飲み込めるものではなかった。
必ず勝てると思っていた訳ではない。
けれど、突然侵略戦争と言う舞台に巻き込まれて、
勝利の為に走り続ける事だけに心を傾けて来たから。
その先に立ちはだかった新たな壁に、直ぐに思考を巡らせることが出来なくて。

帰ろうと、みんなでと。
大切な人達と交わした言葉が、頭の中を重なり巡る。
兄がアンジニティだと知ったあの時にも感じた思い。
心の中のともし火が消えたような、足元が崩れ落ちるような心地に、息が詰まる。

けれど。
糸が切れたように崩れ落ちた幼馴染を見た時、わたしの体は動いていた。


「さっちゃん」

涙を流す幼馴染の傍に屈み込み、両腕を伸ばし、抱きしめる。

「わたし、前に言ったよね。
　わたしはこの先いつだって、さっちゃんの近くにいるって。
　さっちゃん。大丈夫だよ
　まだ、わたし達は一緒にいる。ハザマの生き物に成れ果ててだっていない。

　まだ、わたし達は生きていて、帰りたいと思える場所がある。
　帰れるよ、みんなで。ここで結んだ約束や、希望の全てを諦めるにはまだ早いよ」


──正直なところ。初めの内に紡いだ言葉は、
ただ目の前の大切な人の励ましになりたいという、ただそれだけの為のものだった。
けれど一つ一つを音にしていく度に、それは燃料を燃やすように。
自分の中にある、確かな熱になって行く。
そう、全てを諦めるには、まだ早い。

今の自分達に必要なのは、ひとしきりの落ち込む時間と、
壁に立ち向かうための、新しい原動力だと思った。
この暗澹とした状態から、一歩さえ踏み出せられれば。その為に、今自分達が出来る事を。


──ねぇ。

こんど、さ、空、飛んでくれないかな。
灯台から、こののと、みゅーちゃんと、バツ君と、4人で。
ちゃんと、エスコートするからさ。


それは記憶の中で一番近くにあった、幼馴染の言葉。
それが、兄の精神世界での記憶と、結び付く。
あの時、さっちゃんとわたしと、ゆえ先輩とで踏み出した一歩。起こせたミラクルを。
今度は、4人でなぞれたなら。

行こう。と声を上げたわたしに、兄と幼馴染は、一緒に立ち上がってくれた。


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「プラスに考える事にしたんです。
　イバラシティが勝利していたら、足掻いたけれど、
　最悪兄と離れ離れになる未来もあったかもしれない。

　でも、一度同じアンジニティに落ちて、その上でみんなで帰る事が出来たら、
　それって、ハッピーエンドじゃないですか。

　帰る場所がある。帰りたいという意思がある。
　わたしは、このまま諦めるつもりはありません。

　だからこれは、願掛けです。
　わたしたちみんなの力で、望む未来を引き寄せるための。

　そしてそこにゆえ先輩もいてくれたら、わたしはとても嬉しいんです」

そうして、先輩にも声を掛けて。
それぞれが思い出を持つ灯台の頂上へと、4人で訪れた。

所々が欠けて崩れたその場所も、赤黒い空も、
何もかもが記憶とはだいぶ離れていたけれど、交わす笑顔と言葉のぬくもりは変わらない。

「みんなで乗り越えて行こうね。
　ハザマも最初、一人だときっと何もできないままだったけれど、
　みんながいて、進んでいくことが出来たから」

そう、わたしは一人では何もできない。
良くも悪くも、誰かの傍で誰かを支えながら歩む生き方に身を置きすぎてしまったから。
イバラシティで兄を失っていたら。
ハザマに来たのがわたし一人きりだったら。
わたしは自身の芯に火を絶やさずにいる事も、そもそも熾す事も、出来ないままだっただろう。

けれどここには、わたしの大切な人達がいる。

「…ありがとうね。
　なんかちょっと安心した。こうやってみんなで変わらずにお話が出来て、みんなが居てくれて。
　戦いは始まったばっかりだ、みたいな感じだけど、
　またみんなで頑張って…帰る手段を探そうね」

「重ねてきた想い出も、将来の夢も、イバラシティにはいっぱい詰まっとるよね。
　うちは贅沢やから、そういうんもぜーんぶ取り戻したいっ！」

「……この先の未来に、どんな危険があろうと。
　おれが皆を必ず、あの美しい世界に送り返す。
　そいつは侵略に加担した罪滅ぼしとかじゃなくて
　おれが単に皆と一緒に居たいからだ」

皆がそれぞれの覚悟で、それぞれの思いで、それぞれの前の向き方で、今ここにいる。
それはわたしの中で、確かな力へと変わっていく。

「さん」

幼馴染の手を握る。彼女が異能を発動するまでの、カウントダウンがはじまる。
幼い頃から、その手はずっと暖かくて、
紡がれる言葉は、いつだってその瞳には映す相手を思う優しさがある。
手を広げて、寄り掛かる事を許してくれる、わたしの大切な幼馴染。

「に」

売り言葉に買い言葉、ではないけれど。
まんまとわたし達のからかいに乗せられて奮起した兄に抱えられた先輩を振り返る。
初めは放っておけない雰囲気に、おこがましくも保護者のような心地になった事もあって。
でも不思議と、幼く感じることはない芯の強さがあって。
ここ、ハザマで。兄を兄のまま見てくれていた人。
兄だけではなく、わたしの中にあるわがままをも拾い上げてくれた、わたしの大切な先輩。

「いち」

最後は声を重ねて。案外お姫様抱っこが様になっている兄を見る。
──おれが皆を必ず、あの美しい世界に送り返す。
その言葉に、彼自身が含まれているとわかった時。
鼻の奥に生まれた痛みを、胸に広がった思いを、誤魔化すのがどれほど大変だったか。

いつだってわたしは、兄と共に笑い合える未来を思い描いて来て、
いつだって兄は、わたしたちが幸いである未来を思い描いて来た。
そのすれ違いを知った時の絶望は、とても言葉で尽くせるようなものではなかった。

無理矢理にでもそれを捻じ曲げようとして、その結果更に兄を追い詰めた事もあった。
けれど今は、こうして、同じ未来を見ている。
お調子者で、いつだって相手の事ばかりなのは変わらない。わたしの大切な家族。


ふわりと。身体が宙に浮く。


……最後の少女との戦いの前に出会った、見知らぬ銃士と見知った拳士。
二人のように、アンジニティで生きた兄を知り、恨みを持ち、
危害を加えようとしてくる存在も、もしかしたらこの先現れるかもしれない。
想像もつかないような危険や絶望が、待ち構えているかもしれない。
それでも、今ここにある景色を焼き付けて、糧にして。

わたし達は前に進んでいく。


握りしめた石に、込めた願い。
開いた花は、

特に何もしませんでした。