［基本］OK.　［戦闘］OK.　

さよならと一言言えたのであれば、多分それが一番良かった。
言葉を交わすことは途中でやめてしまったし、何かを言い残すつもりもない。けれども結局、すべてを忘れて何もなくなるのだから、ただ淡々と外部出る準備だけをしていた。

不要なもの。
切り捨てるもの。
譲渡するもの。
最期まで手放さないもの。



特に選別に迷うこともなかった。

『調子はどう？俺』
「何も。やることなんて何にもないんだ、ただただ気楽なだけさ。」

自分がやるべきことは全て片付けてきてしまった。
“外”に出る労力すら、自分の手を煩わせることがない。これから本当に他人になったとき、吉野暁海はヒトとして定義されている世界から消滅するだろう。
――複写の本、あるいは新たなる“鈴のなる夢”。そうなることを選んだのは他でもなく彼自身だ。

『まだひとつ、聞いてないことはあるよ！勝手にやりきった気にならんでほしいなあ』
「……」
『俺は行き先を聞いてないねん。……どこまで行って、その道を歩いて生きたいん？』

もし。
もし、何もかもが許されるのであれば。叶ってくれてもいいんじゃないかな、と思うことは確かにあった。けれど、それをここで晒すことに強い抵抗があった。
一度は捨てた場所なのだ。時が流れ、時代が変化していたとしても、あのとき受けた仕打ちは忘れる気になれない。外へ出ていくきっかけを生み出してくれた場所だったとしても、ではそこへ戻らせて、とふたつ返事でいえないほど苦い味の思い出がある、故郷。

「……最低限、あのバイポ―リスに降ろしてもらえばどうにでもなるよ。あとは俺たちがゆっくり歩」
『ちゃうねん！！そうやってちんたら歩いてるとまーた勝手にあなたは集積を始めるでって言うてんねん……あっ今お前は俺の母親かみたいな顔した』
「そりゃするよ」

故郷。
ひとつだけ忘れられない景色があって、ずっとそこに縋っている。
春になると何もない自然ばかりの土地を、緑ではなく薄赤が彩るのだ。ただ、それだけがずっと見たい。それだけを抱えていた。

「……」
『……。……俺は万能の人。いや人ではないか、だから最期にあなたの望みくらいは叶えてやりたいよ』
「どのツラ下げてそんなことを」
『そりゃあこのツラや！』

風のざわめきに合わせて、はらりはらりと飛んでいく花びらが幻視できる。風が静かにそこで鳴き続けている。
決して、決して高望みではないはずだ。高望みでもなんでもなく、普通の思いを抱えているはずだ。
何度も自分と問答をして、ようやく。

「……桜が見たいんだ。」

その言葉を、ずっと躊躇い続けてきた言葉を、絶対に叶わないと思っていたことを、ようやく口にする。

『……うん。』

それだけで十分だった。

燃えるような熱さの中で、ただそれを目印にしてきた。
どこかで同じものだと判断できるものに出会うこともあった。
そのたび話をしていたと思う。けれど。けれども。
そのたび、何故かぎゅっと苦しくなるような気持ちになって、そのうちそれについて語ることをやめてしまった。
けれども、全ては終わるのだ。

「……」

見たい。
見たい。
最期に見たい。
そしてそれを焼き付けたまま、もう一度焼かれて死にたい。
全てをおわりにするために、全てを無に還すために、そのとき永遠の記憶の中に閉じ込めても良いと思ったのだ。
渡りに船、全てを破壊する微かな魔法。何の後悔もないように。


『じゃあ、そのくらいを狙って置いていく。ありがとう』
「……こちらこそ。」

何も言わなくていいと、今なら強く思う。
この話は何度かしたことがあるし、何より死に場所を探すための旅路だった。

最後のページに静かにピリオドを打つ。
めでたしめでたし、とも、つづく、とも書かない。ただ終わるだけのもの。
持ち主が静かに本を閉じると、それは何も言わぬままに全てを記録し、そして終わりを認識した。

世界がこれからも回っていったとして、ここにはもう誰も、覚えている人なんて残らない。
それでいい。何の禍根も引っかかりも残さず、全てが消えていく。最後のタイミングを決めるのは、いつだって自分であるべきなのだ。

そうして、静かに二人組が消えていく。
そうして、いつの間にか世界から、一人の青年が消えていく。

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ENo.39 順 とのやりとり


ENo.1386 ボルドール とのやりとり