自分は人喰いの鬼で、だから、人であるならば皆、美味に感じるものだと思っていた。

初めて人を喰らったあの日から、本当に長い時を過ごしたが、
ここまでの渇きを長らく覚えなかったのは、人と遭う機会もなかったからだと疑ってはいなかった。
今、こんなにも飢えて、乾いて、仕方ないのは、一条瀬織が人と触れ合う機会が多かったからであると。

けれど。違う。
伊藤晴と、山本悠吏……否、あの鬼を口にして、その差を得て事実を思い知る。

人外であるはずの鬼の方が、圧倒的に、美味、であったのだから。

よくよく考えればおかしかった。
白波白楽とて、厳密には人ではなく、鯨からの分離体であり。
久津見天音は、その姿をただ騙るだけである何かもわからぬモノの筈なのに、焦がれは止まらず、
ルーシー・チャールトンは人であれど、
その人より圧倒的に、否、遭遇した誰よりも焦がれる、鳳念という存在は、誰が見ても人外の其れであった。

では、伊藤晴と、山本悠吏の差は何というのか。
この癒えない衝動は、何だというのか。

殴られた頭に手をやりながら、考えれば、誰かの言葉が脳裏をよぎる。


”人肉食にもいろいろあってさ。
海難事故とか儀式とか関係ないのだと、愛情表現のケースもあるんだ”
”君はたしかに飢えてたんだよ”
”絶対に満たされないから、何度でも愛情表現を繰り返している……”


馬鹿げていると一蹴した筈の言葉が、俄然、真実味を帯びてくる。

無論、欲しているのは愛情表現などではない。
欲しいのは、「愛しく思う人」そのものであり、それを喰らうことでようやく満たされる。
それが鬼の、この身体のあり方というならば、……自身の身に起きたことに納得がいく。

何故今まで長らく満ち足りていたのかと言えば、儂が儂にかかわる全てを殺し、
その昔、まだ儂が人であった頃、一番愛しくあった男を喰らったからで。
何故今満たされていないのかといえば、一条瀬織が、イバラシティで人として生きるアレが、
愛しく思うもの――、




友と慕う者を、




愛してやまぬ男を、
それにとどまらず、人との関係を作り上げたからであるならば。

もう、この渇きは永久に満たされない。
今からハザマにいる一条瀬織に触れたものを全て喰らっても尚、足りない。
この世界に辿りついてすらいない、あの世界の民……
何者でもない新しい教室のクラスメイトにすら、何らかの執着を抱く。
あの世界で、一条瀬織が動き続ける限り、増え続ける。

鬼たる儂が、愛も、情も、抱かぬようになり、――否、それらすべてを喰らいたいという、
本来の欲に変化させることで、全てから解放されたというのに。
たかが、がらんどうの器の所業で、……


”違うんだよ、我々が侵略する側じゃない。”
”イバラシティの虚構の記憶……そこから生まれた真実
　その全てが……”
”アンジニティの心を侵略してくるのさ！！”


癪に障る声が脳裏を過ぎる。

それが事実と言うのならば、
儂の体は、その侵略にとうに負けてしまっていたのならば。
だったら、せめて。

取り出すCross+Rose。
送るメッセージは短く。

送り先は、……一条瀬織の、愛する男へと向けて。




『馬鹿げた関係を、終わらせたい。』




奴の、一番の愛　を喰らえば。
きっと少しは、楽になるだろうから。

一文を送り終えれば、メッセージに添えた場所へと向かうべく、一歩を、踏み出して。











落ち合う場所は、世界のはての一つ。
遠く、そして遠く見下ろす先に広がるのは空の色に似た海。

切り立った崖、所謂、断崖絶壁。
逃げる場などなく、空の真下にあるような岩場は、舞台にも似て。

その岩場の上、臆することなく佇む男。







先日、一条瀬織を騙り呼び出した男と異なり、
こやつは儂が鬼であると、知っている。

にも関わらず、こうも容易く呼び出しに応じ、
あれだけ無防備に、ただ立つとは。
よほど自分の実力に自信が……過去に鬼でも退治した事があるのかもしれぬが。

どちらにせよ、儂を侮っているのならば。
随分と、腹立たしいものがある。




出会って挨拶を交わす仲ではあるまい。
苛立ちをそのまま声にのせるが、相手が浮かべるのは相変わらずの薄ら笑い。




こやつは本当に、儂を苛立たせる天才ではないか。
一瞬呆れかけるが、ペースに乗せられるわけにはいかぬ。
は、と吐き捨てるように、笑みを戻し。






本人から名前を聞いただけで、イバラシティの日々の記憶が過ぎり、ぞわりと込み上げる衝動。
既にもう、漂う気配に、その匂いに、喉が渇く。飢えて、焦がれているというのに。

近くの岩を拳で打って、抱くストレスを誤魔化す。
そんなもの、一時しのぎにしかならぬことは、わかっているけれど。






いちいち儂の一挙一動に揚げ足を取らずにはおれぬのか。
……たしか、苛立たせれば忘れられないと言うておったから、これすらもきっと、わざとであろうけれど。
話の腰を折れば、何処までも相手のペースに乗せられるというのは、
嫌というほど、これまでのメッセージのやりとりで学んでおる。

今は、何としても、儂の欲求を叶えたい。
些細な事になど、目を瞑ろう。……一つ、息を吐いて。






もう少し、駄々をこねるか、抗うか、
それこそいつもの口先で煙に巻こうとするか、その程度の予測は立てていたが。
すんなりとこちらの要求に応じるような対応。

どれだけ抗おうとも、力で組み伏せて喰らう気ではいたが、少々肩透かしな様子に眉を寄せるも、
いちいち投げやりな理由を問うほど、儂はお人好しではない。

手を伸ばす。その首を掴み、自由を奪う為に。




直前になって、何かしらの抵抗がある可能性も視野に入れておったが、
男の首はあっけない程に容易く捕えられる。

所詮、こやつはただの人。
イバラシティの民でもないのだから、特別な力とてもしかしたら無いのやもしれん、ただの男。

長らくのハザマの争いで辟易したか。
それとも戦いの中、数知れぬ傷を負ってもう抗う力すらもう残ってはおらぬのか。
おおよそ多くの人外を見、たとえ儂らの世界……アンジニティがこの勝負に勝ったとて、
未来がないと希望を閉ざしたとなれば、そう不思議な事ではあるまいが。

……こやつにどんな事情があったとて、儂が、知った事では、ない。




獲物を傍に寄せ。
掴んだ首。血が多く流れる、人体の急所に目がけ。
開いた唇の奥に潜む、鋭い牙を用いて。




首元へと深く噛みつく。皮を、肉を、……その奥の血の管すらも、その全てをまとめて。

男の体を、喰いちぎった。

▲	バケツヘルム卿 「……ッ、それは、どういう……」

	そうしてほんのすこし、頭に過るものがある。 それは彼がいつも感じる、ヒーローの"限界"。

	バケツヘルム卿 「……また、"呼んでもらえなかった"のか」 「…また、"気づけなかった"か…… 　あの時、もう少し…… 「……」

	バケツヘルム卿 「……確かに私の限界は、そんなものだ。 　呼ばれなければ声が届かず、 　そしてそれも常に気付くと限らず」 「人間一人の限界に振り回されるのが、私だ」 「……それは、ここでも。 　だが、だからこそ――――」

	バケツヘルム卿 「―――――君がわかりやすくて、良かった」 「目的がわかりやすく、 　人間がわかりやすく、 　すべてがわかりやすくて結構」 「……君があの瀬織君であるなら… 　なおさら、その威勢に応えないとな」

	バケツヘルム卿 「……」 「打ち倒すに躊躇いをする必要がない」 「それだけで十分だ、君はなんというか… 　"ステレオタイプ"な奴だってわかったよ。 　君が驀進するなら、その先で待とうさ」

	バケツヘルム卿 「……出逢ったら、覚悟を」

▲	透 「待って待って！ それって前にも聞いたやつじゃんさー！」

	透 「強い言葉ばっかり選んで、わざわざ自分に言い聞かせてるわけでしょ？ 声が大きくなるのも、ぷんすか怒っちゃうのだってそう」

	透 「そうしなきゃいけないくらい、グラグラきてるってことだよ」

	透 「今更変われっこない。変わりたいなんて願っちゃいけない。 そんな風に思ってるみたいだけど……」

	透 「この際アレだよ。いいから騙されたと思って！ 絆されちゃいなよ！！」

	透 「ラブ＆ピース！！！！！！！！！」

	透 「ていうか、そんなにイヤ？」

	透 「無理無理絶対無理！！なんて言われたらショックだなぁ……」

	透 「まだまだ私は、君の友達でいるのにさ」

	透 「君はたしかに可哀想な人。 今この時にも、お腹が空いてたまらない。苦しいんでしょ」

	透 「意地を張ったりするのは、たぶん……」

	透 「情が湧いたら苦しくなるから。辛くて辛くて耐えられないから。 瀬織ちゃん、なんだかんだで義理堅いし超がつくほど真面目だもんね」

	透 「ことの始まりは大昔。昔の恋を片付けて、時間だけが経っていって…… 君ほどしっかりした子なら、とっくに後悔してるはずなんだよ」

	透 「行く先には破滅があるだけ。戻れる道はなくなった。 悲恋を終えて、次の配役は決まらないまま……虚しさだけが君に残った」

	透 「私が君なら途方に暮れてる。 ひとりぼっちで膝をかかえて、きっと世界の全てが怖ろしくなる」

	透 「それでも君は続きを演じた。人でなしになりきったの」

	透 「私ならそんなの、いつまでも付き合ってらんないよ。 ほんとヘンに律儀っていうか、頑固なとこあるよね……瀬織ちゃんのバカ！！」

	透 「私が言いたいのはさ、そろそろ次のお話はじめてみなよってこと！」

	透 「ここまで君の話を聞いて、やっとわかったことがあるんだ」

	透 「しらくちゃんは、君を憐れんだんじゃない。 君の物語がまさかの新展開を迎えられるように、ただそれだけのために」

	透 「死んであげたの」

	透 「器のでっかさがどうかしてるしマリアナ海溝レベルだよもう。 なんなの私のしらくちゃんなんなの？？？？？？」

	透 「そういうわけでさ、ギャーギャー言ったって駄目なんだってば。 私は君を許さない。しらくちゃんがそう願ったなら―――」

	透 「君の幸せを願ったなら！！！！！！！！」

	透 「応えてあげてよ！！！！！！！！」

	透 「いい加減お尻ひっぱたくよ！！！！！！！」

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