
突如現れた修道服の老女は、リトゥラの姿を見ながら、目に涙を溜めて震えていた。
「アイシーン…あなた…生きていたのね…!?」
それは感動に打ち震えているのか、あるいは驚愕に震えているのか。
アイシーンと呼ばれたリトゥラは、すっかり引き攣った顔で、必死で否定の言葉を紡いだ。
「ひ…人違い…人違いじゃあなくって…?」
否定してももう無駄だった。その態度が、何よりもの証拠だったからだ。
老女は涙を流しながら、首を横に振る。
「いいえ…間違えるはずがないわ、あなたはアイシーンよ!私たちのーーーーーーモザイシズム孤児院にいたアイシーン!」
モザイシズム孤児院。老女がそう言った瞬間、場がざわついた。
そう、それは、ポールモール氏の遺書にあった、遺産の寄付先の孤児院だったからだ。
しかし、そんな事情を知らない老女は、感極まった様子で思いの丈を言葉にする。
「この手で育てた子供のことを、忘れるものですか!あなたは15年前、名家に養子として引き取られていった…でもそれは大きな過ちだった!あなたは身売りされ、行方知れずになってしまった…ずっと悔やんでいたわ、あなたをあんな家に養子に出したことを!生きていてよかった…よかった…!」
「ひ…人違いですわ!私はあなたの事なんか、これっぽっちも存じ上げません!」
叫ぶように、リトゥラは否定する。
しかし、老女は泣き崩れながら、決定的な言葉を口にした。
「いいえ、あなたは私の育てたアイシーン…!覚えているわ、あなたは孤児院に来た時から、肩に大きな火傷の痕があった…!別人だというのならば、肩を見せてからにして頂戴…!」
リトゥラはすっかり青ざめ、言葉を失っていた。
その様子に、探偵はニヤリと笑い、彼女の肩を指差した。
「ここで確かめてもいいんだぜ?まあでもーーーーーー確かめるまでもないだろう。アンタの正体は、十数年前、モザイシズム孤児院にいた孤児のアイシーンだ。そんな気がしたから、念のために孤児院のシスターを呼んでもらったんだがーーーーーーいやいやまさか、ここまで上手くいくとはな。これ以上は酷だろう、シスターを帰してやってくれ。」
探偵が警察に軽く合図をすると、2人ほどの警官が、泣き崩れる老女の肩を支えながら部屋から出て行った。
それを見やりつつ、ストライクス警部はブツブツとつぶやく。
「つまり、彼女の本名はアイシーンで、リトゥラは偽名…って事ですよね、一体なぜ…」
探偵は溜息まじりに答えた。
「そうでもしないと陽の当たる場所に戻って来れなかったんだろう。何せ彼女は身売りされた後、行方をくらませている。前と同じ名前を名乗っていては、足がつくからな。」
探偵は横目でリトゥラを見る。
「リトゥラさん、アンタはポールモール氏の財産を、一時的に孤児院に寄付させ、その後頃合いを見て掠め取るつもりだったんじゃないか?手段はーーーーーー空き巣、乗っ取り、強盗殺人、何をするつもりだったのかねえ。いずれにせよ、穏当な手段ではなかっただろうね。」
探偵はうろうろと歩き回りながらも、視線だけは常にリトゥラに向いていた。
まるで獲物を狙う狩人のように。あるいは、腹を空かせた獣のように。
「アンタは遺書を偽造し、それを現場に置いた。しかし、アンタは知っていたんだ。本物の遺言状の在り処を。だから、そこの鍵が開けられないように、鍵を隠したーーーーーーいや、正確には「擦り潰した」か。先程、納屋を見させてもらったよ。ご丁寧に納屋の鍵まで付け替えてあったのは、かえって怪しかったなあ。納屋の中は同じ大きさの女物の靴の跡だらけだったよ。ちょうどアンタの履いてるような大きさの、な?それと、あの古びた納屋に似つかわしくない新品の鑢と、金属の粉。どうしてそんなものが残されているのかね?」
もう我慢できないといった様子で、くつりくつりと笑う探偵の姿に正義はなく、そこにあるのは謎を暴き秘密を貪る、卑しき好奇心の奴隷だった。
「あんた、納屋でコツコツ鍵を削ってたんだろう?なんとまあ地道な努力。アンタが擦り潰した鍵、それはーーーーーー」
探偵は一呼吸置き、ニヤリと笑った。
「「ポールモール氏の机の引き出しの鍵」。そうだろう?」
探偵は一度警官たちの方を見ると、素っ頓狂な提案をした。
「せっかく集まってもらったけど、場所を変えようか。ポールモール氏の部屋に来てくれ。」
探偵はそう言うと、お構いなしに部屋を出、ポールモール氏の部屋へと向かっていった。
ストライクス警部が呼び止めようとするが、こういう時の探偵は妙に足が速いのだ。
「ああっ、ちょっと!…まったく、どこまで勝手なんだ…!」
仕方なく、その場にいる全員がポールモール氏の部屋へと移動すると、既に探偵は、ポールモール氏の机の前に待ち構えていた。
「この鍵のかかった引き出し。これを開けるための鍵が、アンタの削り潰した鍵だったんだよな?」
ガチャガチャと、何度か引き出しを引くが、鍵のかかった引き出しが開くわけもなく。
「しかも、鍵穴に蝋か何かを流し込んだな。何としても開けさせないつもりか。」
この状況で探偵はふてぶてしく笑うと、静かに目を閉じた。
「ま、俺が来たのが運の尽きだったな。」
言い終わると同時に、かっと開いた探偵の目が灼熱の如く輝いたかと思うと、鍵穴が爆ぜる音を立て、微かに煙が上がった。
それを見ていたニコレットは確信した。納屋の時と同じだ。どういう原理かは解らないが、この探偵は、ひと睨みで鍵を開けられるのだ。
「俺は生憎こういうのが大の得意でね。鍵を擦り潰したとしても、隠し立てなんてさせやしないさ。」
探偵が軽く引き出しを引くと、なんの抵抗もなくそれは開いた。
しかし。
「アンタがなぜ、遺言そのものを破棄せずに鍵を隠すなんて回りくどいことをしたのか。それはーーーーーーアンタが探した時、机の中に遺言はなかったからだ。」
そう、そこには遺言状はなかったのだ。
しかし、探偵は動じずに続ける。
「遺言の管理はキャスター女史に任されていた。ゆえに、アンタはあるべき場所に遺言がないことに焦った。だから、鍵を隠すなんてことをしたんだろう。だが、アンタは見落としていた。遺言状は確かにここにあるんだよ。」
探偵は言うや否や、引き出し抜きとり、それをくるりと裏返した。
するとそこには、封筒ーーーーーーいや、遺言状が糊付けされていたのだった。
探偵はそれを剥ぎ取り、ストライクス警部に差し出す。
「警部殿、読んでみてよ」
鼻息を荒くしながら、ストライクス警部は探偵から遺言状を引ったくると、ガサガサと乱暴に開封した。
「まったくあなたは…!なになに、「私の死後は使用人達に平等に相続するように」…!?チャコールさん、これって…!!」
ストライクス警部が血相を変えて顔を上げると、視線の先で探偵は、溜息混じりに肩をすくめた。
「…やっぱりそうか。こんな事だろうと思ったよ。」
探偵は歩き出す。聞くものに威圧感を与える、低く硬質な足音を響かせながら。
「…妻もおらず、子供もなく、身よりもないポールモール氏は、アンタら使用人たちを家族同然に扱っていたんだ。だから、自分の死後もアンタらが路頭に迷わないように、遺産を相続するつもりだった。そう、赤の他人のアンタらに!どこまでも善人だったんだろなぁ。」
そしてリトゥラとすれ違うタイミングで、探偵は彼女の耳元に口を寄せ、静かに、しかし周囲にもしっかりと聞こえる声で、唆すが如く囁いた。
「つまり、アンタは何もしなくても、いつかは彼の遺産を相続できたんだ。しかし、アンタは欲を出し、余計な殺人に手を染めた。アンタはポールモール氏の善性を甘くみすぎたんだよ。残念だったな?」
探偵は薄く笑いながら、すっかり青ざめたリトゥラの耳元から顔を離す。
そして再び足音を響かせながら、探偵は歩き出し、とどめと言わんばかりに犯人を追い詰める。
「兎も角、自分を雇ってくれていたポールモール氏を殺し、自分と一緒に働いていたキャスター女史を殺し、かつて自分を育ててくれた孤児院までも利用しようとしていた、恩知らずの殺人犯<ひとでなし>!それがアンタだ、リトゥラ・スポドプテラ…いや、アイシーン・ピアニッシモさん。」
振り向き、探偵は犯人を指さす。それはまるで、彼女の心臓を的確に射抜く銃口のように物々しく、鋭かった。
「うっ…ううっ…!!」
リトゥラは動揺のあまり、歯を食いしばり、苦悶するような表情を浮かべる。
しかし、動揺している人物は、リトゥラの他にもう一人いた。
「リトゥラさん…そんな…そんな…!!どうしてっスか…!どうして旦那様をっ…!!」
ニコレットは今にも泣き出しそうな表情で、リトゥラに詰め寄ると。
その言葉を遮るように、リトゥラが声を張り上げた。
「私はどうしてもッッッ!!!どうしても!金が!!必要だったのよッッッ!!!」
その声に驚いたニコレットは立ち止まり、周囲にいた人物も立ち竦んだ。
ーーーーーー探偵を除いて。
リトゥラは続ける。
「親がいなくなって、孤児院に入って!!そこまではまだよかったわ!孤児院のみんなは優しかったもの!!でも!孤児院からひどい家に貰われて!泥の中を彷徨って!!本当の名前を失って!!!今までの人生、まるで何もうまく行かなかった!!この計画が成功すれば、全ては上手くいく筈だったのに!!でも…でももうお終いよ!!」
頭を抱え、蹲るようにして、今まで誰にも話していなかったであろう本音を叫ぶ。
「こうなったのも…ニコレット、アンタのせいよ…!!得体の知れない気持ちの悪い子…!!アンタさえいなければ!アンタさえ死んでいれば!アンタが探偵なんて呼んでこなければ!私たちの計画はうまくいったのに!!!」
そう叫ぶと、リトゥラは動いた。
そう、一瞬だった。息をつく間もなく、ニコレットは彼女に羽交い締めにされていた。
「あっ…!?え、ええっ!?」
困惑で身じろぎしていると、ひた、と、首元に冷たいものが触れた。
どこに隠し持っていたのだろうか。リトゥラはニコレットの首に、小さなナイフをあてがっていたのだった。
「ひ…っ!?」
ニコレットの喉から蚊の鳴くような声が漏れる。
警察達がざわめくと、間髪入れずにリトゥラは声を張り上げた。
「動かないで!動いたらこの子を殺すわ!!!」
むざむざと人質を取られた。あまりの事態に、警官たちに緊張が走った。
ーーーーーーしかし、探偵だけは、冷ややかな薄ら笑いすら浮かべながら、それを見つめている。
眠そうな重い目が、またしても赤く鋭く、熱を帯び始めていた。

[822 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[445 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[490 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[199 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[407 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[325 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[250 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[181 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[105 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[148 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[144 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[288 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[40 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[199 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[84 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[99 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[78 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
[45 / 200] ―― 《本の壁》荒れ狂う領域
[76 / 100] ―― 《珈琲店》反転攻勢
[100 / 100] ―― 《屋台》更なる加護
[55 / 100] ―― 《苺畑》不安定性
[1 / 100] ―― 《荒波》強き壁
[83 / 100] ―― 《小集落》猛襲
[13 / 100] ―― 《落書き壁》リアクト
[38 / 100] ―― 《変な像》揺らぎ
―― Cross+Roseに映し出される。
空には変わらず光の玉が、星々を模している。
次第に集まり、大きな光になっていく・・・
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
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エディアン 「いやー、キラキラと綺麗ですねぇ!」 |
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白南海 「こんなハザマの景色で綺麗も何も・・・」 |
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エディアン 「いいじゃないですか。こんなところだからこそ、ですよ。」 |
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エディアン 「・・・あ、流れ星!」 |
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白南海 「若が無事でありますように若が幸せでありますように若が最強でありますように!」 |
集まった光がそれぞれ何かの形を成し、地上に落ちてゆく。
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白南海 「・・・ってありゃ流れ星じゃねぇわ。変な光の玉じゃねーか。」 |
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エディアン 「ハザマの大地に次々落ちていきますね。落下先が偏ってるような・・・・・森や山?」 |
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白南海 「さぁて、今度は何が始まるのやら。」 |
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エディアン 「要注意ですね・・・」 |
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