
探偵に呼ばれ、捜査に携わっていた警察と、屋敷のメイドーーーーーーリトゥラとニコレットは、落ち着かない面持ちで食堂に集まっていた。
そんな面々の前に佇み、俯いていた探偵は、顔を上げると同時に口を開いた。
「ーーーーーーさて。」
名探偵、皆を集めて「さて」と言い。
そんなフレーズが脳裏をよぎるような、ベタな切り出しではあったが。
顔を上げた探偵の、その仄かに輝く眼に灼かれたように、その場にいた全員が息を呑んだ。
「この事件はーーーーーーそうだな、単純ではあるが悪意が濃すぎた。少し本腰入れて調べれば、誰の目にも真相は明らかなんだよ。ところが、犯人の濃い悪意と、警察の傲慢な捜査で隠れてしまった。ただそれだけの、簡単な事件だよ。」
あまりにも堂々と貶され、警察たちは一斉に探偵に飛びかかってもおかしくないほどに色めき立つ。
それを知ってか知らずか、揉め事になるよりも早く、ストライクス警部が神経質な声で煽り返す。
「偉そうに…!!ならば聞かせてくださいよ!チャコールさん、あなたの推理とやらを!」
その言葉に探偵はーーーーーー怖気がするほど不敵に笑うと、コツコツと足音を響かせながら歩き始めた。
「今回の被害者は二人。医学博士のポールモール氏と、メイドのキャスター女史。この二人は紛れもなく第三者の手によって殺されている。間違えても無理心中なんかじゃない。これは殺人事件だ。ーーーーーーストライクス警部、凶器はなんだと思う?」
探偵に問われたストライクス警部は、憮然とした態度で証拠品のワインを指差す。
「決まっているじゃないですか!この毒入りのワインを飲んでーーーーーー」
「それにしては減りが少ないとは思わないか?」
警部の言葉を遮るように、探偵が指摘する。
確かに、探偵の言う通り、ワインの減りはごく僅かで、とても二人の大人を毒殺できるような量ではないようにも思える。
「確かにワインに毒は入っていた。しかし、それは犯人の用意したミスリード。それに、不可解に割れた窓に説明がつかないだろう?毒殺、割れた窓、減りの少ない毒入りワイン。この三点から導き出される本物の凶器は、あれだよ。」
探偵が指差した先にあったのは、巨大な燭台だった。
「燭台…ッスか?」
ニコレットが不思議そうに呟くと、探偵は小気味良く指を鳴らした。
「そう、燭台だ。上の方をよく見てみな、何本か蝋燭が無くなっているだろう。ここに凶器が据えられていたんだ。」
確かに、探偵が言う通り、燭台の上の方ーーーーーーあまり目立たないが、蝋燭が不自然に数本欠けていた。
捜査の粗を責められているようでばつが悪いのか、ストライクス警部は投げやりに返す。
「蝋燭って…中に毒でも仕込まれていたって事ですか?」
それに対する探偵の反応は、いつも通り素っ気ないものだった。
「ああ、そういうことだ。犯人は毒をーーーーーーそう、熱すると気化するような毒を、何本かの蝋燭に仕込んで燃やしたんだ。するとどうだ。蝋燭が燃えていくにつれて、毒の煙が部屋に充満していく。放っておけば蝋燭は燃え尽き、大した証拠は残らない。きっと、あらかじめ蝋燭を短くして、先に燃え尽きるように仕込んでおいたんだろうな。」
探偵が口にした内容に違和感を覚えたのか、ストライクス警部は眉根を寄せて疑問を口にした。
「ならば部屋から出るなり窓を開けるなり、毒から逃げる方法はあったはずじゃないですか?どうして彼らはみすみす死んだんですか?」
「…開けられなかったんだよ、扉も窓も」
その言葉は、やや苦々しげでーーーーーーまるで、被害者の苦しみや無念、そういった思念まで伝わっているかのようだった。
探偵は説明を続ける。
「窓の外側に、小さな穴が二つと、その間に一本の細い傷があった。鎹<かすがい>のようなもので、外から窓枠を留められていた跡だろう。」
あの不可解な窓の様子。ニコレットはようやく合点がいった様子で、深く頷いていた。
しかし、ストライクス警部は納得行かなかったのだろうか。不満げな顔でドアを指さす。
「ならドアは…」
探偵は微かに目を眇めて答えた。
「あまりに間抜けな絵面だが、犯人本人が閉めていたんじゃないか?渾身の力でな。それに相手は毒で死にかけだ、抑えるのはそんなに難しくなかったことだろうさ。」
突拍子もなく、どこまでも間抜けで、しかし不思議と理にかなったように聞こえるその推理に、ストライクス警部は頭を抱えた。
「し、信じられない…」
「意外な事ほどバレにくいからな。どんな馬鹿らしい犯行方法でも、人が死んだら殺人事件だ。手段と結果は、時に釣り合わないものだよ。」
呆気に取られるストライクス警部をよそに、探偵はその場で踵を返した。
「さて。それでは肝心の部分を説明しようか。あの燭台に毒入りの蝋燭を設置することができ、かつ、ワインに毒を仕込んだり、窓に細工をしたり、ドアを力ずくで押さえつけたりできる人物。そんなのはもう、一人しかいないよな?」
探偵が説明するにつれ、その場にいる人物全ての視線が、犯人ただ一人に向けられていく。
「そう、犯人はアンタだ。リトゥラ・スポドプテラさん。」
探偵の指差す先にいる、その場の全ての視線を集める犯人。それは、メイドのリトゥラだった。
彼女は狼狽えつつも、微かに苦笑しながら否定する。
「あ…あんまりですわ、探偵さん。私は旦那様に雇っていただいていた身でしてよ?ご恩のある雇い主を殺すだなんて、私にはできませんし、やったとしても不都合でしかありませんわ。ーーーーーーそれに、燭台に毒を仕込むだけならば、ニコレットにだって可能ではなくて?」
探偵はニヤリと笑い、気障ったらしく指を振った。
「いいや、ところがニコレットには無理なんだ。」
そう言うと探偵は、近くにいたニコレットの両脇腹を掴み、高い高いのように抱え上げた。
「わあ!いきなり何スかぁ!?」
驚くニコレットを抱え上げたまま、探偵は続ける。
「残念ながらニコレットは小さすぎる。身長4フィートほどの小柄だからな。そこにある燭台用の脚立を使ったとしても、一番上の段には届きやしない。だがアンタなら届くなあ、普段からメイド仕事で燭台の蝋燭を替えているアンタなら届く。そうだろう?」
探偵は一旦、ニコレットを床に下ろしてやると、再びリトゥラに火の色の目を向けながら、その目に映した犯人を嘲笑う。
「笑ってしまうくらい初歩的なミスだったなあ、リトゥラさん。なぜこんなミスをしたか?そう、アンタの犯行が完全に成功していれば、ニコレットは今、ここには存在しないはずだったからだ。アンタの犯行が失敗したから、ニコレットはここにいる。ニコレットがここにいるから、アンタはミスを犯した。ニコレットが生きているから、アンタの犯行が浮き彫りになったんだろう?」
「え…え…!?アッシが…!?」
ニコレットは困惑した。探偵が何を言っているのか、分からなくなりそうだった。
「リトゥラさん、アンタが描いた計画はこうだ。<ポールモール博士が外出中のメイド以外を道連れに心中したように見せかけ、邪魔者を全員始末する>ーーーーーーしかしアンタは甘かったんだよ。他でもない、ポールモール氏の善意を見誤った。」
リトゥラは眉間に皺を寄せ、目を見開いた。
「善意ですって…!?」
それに対して探偵は、ため息混じりの答えを吐いた。
「そう、善意。まあ、アンタが持ち合わせてないものってことさ。」
探偵は酷薄な笑みを浮かべる。
「それじゃあ、現場で起きたことを説明してやろうか。アンタはその日、朝から屋敷の外に用事を済ませに行った。しかし本当は違う。アンタは前日のうちに用事を済ませておいて、その日は一日中、屋敷の中に隠れていたんだ。ポールモール氏とキャスター女史が部屋に入った頃合いを見計らって、アンタは部屋の扉の前で待つ。やがて、時間が経つと蝋燭が溶け、毒の煙が部屋に立ち込めたんだろう。二人は部屋から出ようとするが、ドアが開かない。そうこうしているうちに毒が体に回ったんだろう、先にキャスター女史は死んだ。ポールモール氏はキャスター女史を抱えて、窓から外に出ようとしたんだろう。しかし、いくら乱暴に窓枠を押しても窓が開かない。そう、リトゥラさん、あんたが部屋の外から鎹で窓枠を留めていたからだ。」
探偵は肩を竦めた。
「そのままポールモール氏は死んで、ニコレットも、異変に気づいて部屋に立ち入れば毒で死ぬ。そこに自分が偽装したポールモール氏の遺書が見つかれば、事件は無理心中として処理されて、遺書の内容が行使される。ーーーーーーそれがアンタの描いた筋書きだった。しかし、実際には計画は大きく狂うことになる。何故なら…ポールモール氏はな、アンタの予想を遥かに上回る「いい人」だったんだよ。」
探偵の表情は、どことなく哀しげで、今は亡き善人への憐憫すら感じられた。
「続きを話そう。ポールモール氏は部屋から煙を逃がそうと、必死で窓を開けようとするが、アンタに細工された窓はうんともすんとも言わない。そうこうしているうちに、体はどんどん毒に蝕まれる。もう自分は助からない、そう確信したんだろう。しかし、部屋に煙が充満したままでは、遺されたメイドたちが部屋に入った時どうなる?かろうじてそこまで思い至ることができたんだろうな。ポールモール氏はそこにあった灰皿で窓を叩き割り、煙を外に逃すと、先に死んでいたキャスター女史の亡骸に覆い被さるように死んだ。」
そこまで語り終えた探偵の目は、重い曇天のような同情を湛えていた。
「つまりポールモール氏は、最期の最期までニコレットとアンタの身を案じながら死んだんだよ。自分を殺したのは他でもない、アンタだというのにな?リトゥラさん。アンタはとんでもない人でなしだ。」
曇天から差す光芒のような鋭い視線と詰るような言葉が、容赦なくリトゥラに向けられる。
「なっ…聞いていれば随分な物言いじゃあございません?先ほどからお話しになっているのは、殺害方法ばかりではありませんか。確かにその方法ならば、私でも旦那様を殺すことができるかもしれませんわ。しかし、私には旦那様を殺す理由がありませんのよ?どうして私が旦那様を殺す必要がありますの?」
リトゥラは憮然とした様子で反論するが、それすら探偵は鼻で一笑する。
「どうして殺したかって?いやいやまったく、つまらない理由でホイホイ殺しなさった。月並みだよ、財産目当てだろう?」
断定するような探偵の物言いに、リトゥラは笑い混じりの怒声を上げる。
「財産?何を言っておられますの?旦那様の遺書には、遺産は全て孤児院に寄贈すると書いてあったではありませんか!遺書が行使されればその通りになるのでしょう!?私は孤児院のために旦那様を殺したというのですか!?」
その時だった。
突然、聞き覚えのない声が部屋に響く。
「あなた…あなたアイシーンなの…?」
全員が驚いて、声のした方を見ると、今までその場にいなかった、一人の老女がそこにはいた。
「うッ…!?」
リトゥラが身じろぐ。その表情は、驚愕と困惑で引き攣っていた。
「アイシーン…アイシーン・ピアニッシモ…!?あなたどうしてここに…!」
何度も繰り返す老女はーーーーーー修道服の老女は、まるで孤児院の職員のように見えた。
「ほう、それがリトゥラさんの本当の名前か…」
探偵は口の端を釣り上げて嗤う。
今、探偵の目が捉えているのは、もはや「手強い犯人」などではなく。
探偵が、白日の如く燃える双眸に映しているのは。
ーーーーーー彼の好奇心を満たす「秘密」の持ち主、だった。

[821 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[448 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[490 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[196 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[408 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[323 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[249 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[181 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[104 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[146 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[145 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[287 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[40 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[181 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[80 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[97 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[73 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
[45 / 200] ―― 《本の壁》荒れ狂う領域
[66 / 100] ―― 《珈琲店》反転攻勢
[100 / 100] ―― 《屋台》更なる加護
[55 / 100] ―― 《苺畑》不安定性
[1 / 100] ―― 《荒波》強き壁
[62 / 100] ―― 《小集落》猛襲
[0 / 100] ―― 《落書き壁》リアクト
[20 / 100] ―― 《変な像》揺らぎ
―― Cross+Roseに映し出される。
・・・夜空が見える。
どこからともなく無数の光の玉が空へと浮かび上がり、
真っ暗な空間を星々のように彩りはじめる。
少しずつ、少しずつ、
光が寄り添い集まっていくように見える。