11:棘頂 [キンジトウヲイタダクハ]
【 Type:A 】
Section-B
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雫 「……」 |
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雫 「…言ってたわね、そんな事も」 |
それに寄せたのか。
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雫 「…いや元から八重子にはおかしい所があったし」 |
卵が先か鶏が先かの様な話だが、
それでも雫には、伊予島の歪みを知るにまず「発見」があった。
その感覚は覚えている。
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雫 「でもそこに拍車を掛けたのは、間違いなくあたし」 |
価値を認め、制限を掛け、挙句否定し、失望で脅して自尊心を奪った。
時には飴を与え、レッテルを押し付け、期待で頬を殴り、空いた隙間に偽りの価値と認識を埋め込んだ。
そうやって壊した。だが。
それとは別に、日々の何気ない一言でも彼女を追い込んでいたのかもしれない。
例えそれが直接的な原因ではなくとも。
そもそも件の言葉も、元はそういう意味で言ったものではない。
"異質さ"を別に言い回しただけだ。決して認知の歪みそのものを指した訳ではない。
会話の前後からもそれは明らかで、伊予島だってそれは理解していた
ように見えたのだが。
だがそれでも、伊予島はその言葉をそのまま受け取ったのかもしれない。
なぞる様に、雫へと"寄せた"のかもしれない。
伊予島と初めて出会った時の事を思い出す。
街の射撃場で最初に抱いた彼女の印象は『陰気で幸の薄そうな女』だった。
まず老婆というだけで、場に似つかわしくない異様な空気が其処にあり、
その姿勢は凛とし真っ直ぐで、かと思えば顔面は大量の涙で濡れている。
さめざめと泣きながらも弾は決してブレることはなく、全てが真っ直ぐに的を射抜いていた。
"直感"こそ感じなかったが、底冷えのする様なその異常さには目を引いた。
『 愛想の良い方よね、お人柄もとても良さそうな方。物静かで、柔和な雰囲気の』
『伊予島家の奥方』を知る者は、伊予島を『口数の少ない温和な女』と捉えていた。
親しく交友を深める訳でもなく、ただ世間体としての付き合いのみに留まっている。
それでも奥方の立場として言えば、決して悪い印象を持たれている訳ではなかった。
『 普段はどっちも上品な感じだけど、どっちも気さくでノリもすげー良くて』
『伊予島鷹雄の妻』を知る者は、伊予島を『夫と共通の趣味を持つ気さくな女』と捉えていた。
それなりに交友はあった様だが、しかしあくまで「ロールプレイ」の範疇に留まっていた印象を受ける。
決して夫よりも前に出ることはなく、夫が望む理想の友であり好敵手である姿がそこにあった。
『 そうねぇ、真面目で利発で育ちが良さそうで?いかにもな優等生』
『藤元家の一人娘』を知る者は、伊予島を『利発で真面目な少女』と捉えていた。
聞き分けが良く素直で、決して問題を起こす事はない。かと言って凡庸でもない。
両親が周囲の大人に自慢し、安心して将来を期待する様な、そんな価値を彼女に見出していた。
雫がよく知る伊予島の印象は『天真爛漫な少女』だ。
感性や感情表現が豊かで、老婆とは思えない程にバイタリティに溢れている。
好奇心が強く奔放で、しかし根本は無知で無垢、斜に構えた所もない。
自覚のない傲慢さも、時折しょうもない悪知恵が働く所も、全てが子供のそれだ。
寄せていたのだろうか、"あれ"も。
両親の庇護を得るために、彼等好みの娘に寄せ、
夫の庇護を得るために、夫好みの妻に寄せ、
婚家の庇護を得るために、夫や親族に寄せていたのか。
その流れで行くのなら、雫の知る伊予島とは雫の好みに寄せた姿とも言える。
旅の途中で雫に捨て置かれないようにと変化した姿。
正直、あれが自分の好みだと言われると色々と物申したい事はあるのだが、
しかしそう考えると胸にストンと落ちる気がした。
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雫 「……だとしたら」 |
本当の
"本来の彼女"は一体どこにあるのだろう。
どこにあったのだろう。
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雫 「………」 |
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雫 「…馬鹿ね」 |
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雫 「考えても仕方のない事 誰だって似たようなものだわ 誰だって、いつも誰かに寄せて、合わせての連続じゃない」 |
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雫 「あたしだってそう、状況に応じて誰かに寄せて来た 八重子に寄せた事だってきっと何度もある」 |
そう だから
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雫 「…あたしだけじゃない」 |
あたしだけが
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雫 「あたしだけが 壊した 訳じゃ」 |
あたしだけが
くそ、正真正銘の下衆め 殺してやりたい。
ああそれでも、この苦しみこそが自分の犯した罪に対する罰だというのなら。
これだけは生涯手放してはいけないのだろう、
何があろうとも。
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雫 「……食事にしましょう、八重子」 |
小振りの鍋を抱えながら、伊予島の前に腰を下ろす。
毎回同じ肉シチューばかりで食事がマンネリ化してきた。
そのため肉コミュでアイディアを募り、結果として肉団子の生姜鍋を作ることになった。
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シーク 「めっめっ」 |
取り分ける最中、小さな羊がいっちょ前に自己主張をしてくる。
ぐりぐりと身体を押し付けて来たりしてちょっと邪魔だ。
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雫 「…何、食べたいの?」 |
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シーク 「め!!!」 |
ドヤ顔で即答された。
仕方がないので肉団子を一つシークの前に出してみる。
湯気が!すごい!
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シーク 「め…」 |
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雫 「…熱いよ」 |
出来立てのホカホカである。
そもそも肉団子自体がシークの顔よりも大きいので、ある意味彼にとっては凶器でしかない。
おずおずと顔を近付けては離すといった行為を繰り返している。
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雫 「あとそれ絶対汁吸うと思うんだけど 毛が」 |
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シーク 「め……」 |
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雫 「乾いたらカピカピになるわね」 |
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スンッ… |
スンッ…としてしまった。諦めたらしい。
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雫 「知ってた ……ほら」 |
角砂糖を一粒差し出す。
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雫 「大体あんたが食べるのは花か砂糖菓子くらいなんでしょう?」 |
そんな草食動物(?)に生姜の効いた肉団子を食べさせるのは流石に無理がある。
シーク自身も実際に肉団子が食べたくて主張してきた訳ではないのだろう。
単純に自分達と同じ物を食べてみたかった
そうやって周囲と同じ経験を共有する事で、
自身の所属や立ち位置を確認したい。そういう事なのかもしれない。
勿論、純粋な好奇心や羨望ということもあるのだろうが。
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雫 「と言っても…あたしらは砂糖や花だけじゃ腹は膨れないし…サラダならいける? 今度ベースキャンプに戻った時にでも何か探してみようか」 |
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シーク 「め!」 |
そんなやり取り。
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雫 「…さぁ、あたし達も食べましょう」 |
伊予島に椀を手渡し、自分もまた食事を始めた。
器からは白い湯気が濃く立ち上っている。
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伊予島 「赤ちゃん」 |
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雫 「………?……何が?」 |
その答えであるかのように、手にした器を僅かに差し出した。
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雫 「……??? それは「鍋」でしょう? 鍋の中身」 |
訳が分からない。
単純に「食ってる場合か」というお叱りなのか。さっさと子供を産ませろ、と。
そうは言っても、先の事を考えると食事をしない訳にはいかない。
そんな雫の様子に痺れを切らしたのか、今度は箸で肉団子を取りそれを見せつけた。
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伊予島 「赤ちゃん」 |
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雫 「……いや……それは『すごいお肉』」 |
そのお肉の"ベース"が何なのかは知らないが。
そもそもビーフは本当に牛肉なのか?というのは、肉コミュでも散々議論されて来た話だ。
ビーフですらないただの"肉"の出所など知りたくもないし、知らない方が良いに決まっている。
逆に言えば、羊におけるラムというように、これが何らかの若い肉である可能性もあるにはある。
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伊予島 「これは 赤ちゃん?」 |
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雫 「…そうかもね」 |
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伊予島 「雫ちゃんの 赤ちゃん」 |
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雫 「それは違う」 |
ホラーかな?
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雫 「もういいから、さっさと食べて 片付かない」 |
雑に話を切り上げれば、伊予島もまた素直に器へと口を付けた。
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雫 「……美味しい?」 |
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伊予島 「おいしい」 |
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雫 「……そう、良かった」 |
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雫 「……ねぇ、覚えてる? 前に海中の街で食べた肉料理…貴方アレすごくお気に入りだったわよね」 |
実際の所、その料理の味も内容も雫はもうよく覚えていない。
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雫 「貴方ってば、一口食べる度に顔を綻ばせちゃってさ」 |
それでも幸せそうな顔で食べていた親友の顔だけは鮮明に覚えている。
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雫 「…ま、あの時だけじゃないわね」 |
いつだってそうだ。
あの料理に限らず、食事時に限らず、
いつだって伊予島は、幸福を感じた時には素直にそれを表に出してきた。
伊予島
現役セレブサバゲーマー66歳。
好きな鍋料理はゴマ豆乳鍋やみぞれ鍋。
女子力を意識している。当然もつ鍋やちゃんこも好き。
雫
元裏社会住人の世話役55歳。
好きな鍋料理はてっちり。もしくはあんこう鍋。
意識した訳ではないが魚の鍋が好きなのかも。
シーク
新しい旅仲間のひつじ0歳。
主食はお花かお砂糖なので鍋は食べない。
花鍋というものがあるのでいつか食べてみたい。

[860 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[443 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[500 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[193 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[400 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[320 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[225 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[161 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[91 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[144 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[129 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[221 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[28 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[92 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[58 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[64 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[51 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
[23 / 200] ―― 《本の壁》荒れ狂う領域
[14 / 100] ―― 《珈琲店》反転攻勢
―― Cross+Roseに映し出される。
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エディアン 「・・・・・・・・・」 |
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白南海 「・・・・・・・・・」 |
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
久しぶりにチャット画面に映るふたり。
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エディアン 「お、お久しぶりです皆さーん・・・」 |
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白南海 「・・・どーも、どーもー。」 |
引きつったような表情。
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エディアン 「お・・・おや・・・浮かない顔ですねぇ。 何か、ありました・・・?やっぱりありました・・・!?」 |
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白南海 「えぇ。・・・・・虫が少々。」 |
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エディアン 「・・・・・奇遇ですねぇ。私も虫が・・・・・・・・・いっぱい。」 |
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白南海 「・・・こちらも、実は・・・・・いっぱい。」 |
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エディアン 「・・・・・・・・・」 |
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白南海 「・・・・・・・・・」 |
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エディアン 「さ、さぁ・・・・・しっかりこの役目を果たしましょうか。」 |
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白南海 「えぇ・・・・・仕事をサボるのは良くないことっすよね。・・・いやほんと。」 |
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白南海 「そういえばアレ、えっと・・・・・アダムスだっけ?あれが――」 |
不自然にチャットが閉じられる――