Q.私とはどんな存在ですか？


それは極めて凡庸で、突飛で。
そして人間らしい問いなのではないだろうか。





─　─　─





Q.私はどうして生まれたのですか？


自身に焦点を当てた問いであることを踏まえても、その内訳は多岐に渡る。
出生の理由を問い、存命している理由を問う。
時には生育環境の不和を己の咎とし、或いは自己のセクシュアリティを探った。






Q.私は男女のどちらですか？


観念的に例えるならば、それは底のない沼の如。
ひとつの答えなど見つからない。
その事実は焦燥を煽るだろうか。心を苛むだろうか。






Q.私が間違っていますか？


しかし、そこに安堵を見出すものもいる。

沼に沈み込んで侵されることは、とても居心地が良い。
答えを探しているのだと言い訳しながら、膿んだ傷を眺め、自身を慰めている。
変容することには、時として痛みを伴う。
停滞の最中にあることは、変わらないということでもある。






Q.私が悪いですか？



けれどそれは、やはり、気休めに過ぎない。






Q.何故幸せになれなかったのですか？


もしも、私が生まれ方を間違えなければ。
私が選択を間違えなければ。
こんなことにはならなかったのではないだろうか。






Q.何故友達に嫌われたのですか？


もしも、私が正しく人間であったなら。
こんなことにはならなかったのではないだろうか。






Q.何故私だったのですか？


もしもを夢に見ても、自分が置かれた立場は揺るぎない。
それは生まれ持って与えられた、決して望みなんてしなかった責任。

放棄は簡単で。奪って捨てることも簡単で。

けれどその意味は、どうしようもなく重く苦しい。










Q.どうして私じゃないんですか。


一度捨てたものが、拾い上げても元通りなんて。











そんなの、都合が良すぎる話なんだ。














Q.どうして、ぼくは死んでしまったのですか。







問うばかりでは、何も変わらない。意味のない問いでは、何も変わらない。











Q.どうしてきみは、　　　　　　　















その問いは、極めて人間らしい。

▲	ケイ 「ヨシノさん。お礼を言うのはこっちだ。ありがとう。 　"さいなむ"って何なのか、よく分かんない。 　けど、話したら少し、楽になった。」

	片腕に応えるように、一歩近づき腕をあなたの後ろへ回す。 時折微かに震えながらも母親に縋る子のようにしながら、俯きながら話し続けた。

	ケイ 「俺、ヨシノさんの事を信じたいって思ってる。本当だ。 　でも、優しい言葉をかけられると嬉しいのと…なんて言えば良いのか分からない。 　悲しい気持ちになるんだ。」

	ケイ 「…ありがとうだけじゃ、感謝しているとは思えないよ。 　心を無くしたその人が幸せそうに見えるかどうか、俺も会ってみたい。 　やっぱり、ヨシノさんと一緒で、悲しい気持ちになっちゃうのかな。 　なんでかは、俺もよくわかんない。 　もし…心があった……ら、なんて…事を思うから…かも知れ……ない。」

	声が次第に弱まり、首がコクリ、コクリと落ちそうになるのを立て直している。 泣き疲れたように目を擦り、眠たそうに小さく欠伸をした。

▲	タヌキ 「良し！　準備は出来たな！ 手際の良さは、流石は俺の一番弟子といった所だな。 師匠を待たせまいとする心掛けに、ちゃんと俺は気付いていたぞ！」

	【するり衣服が地面に落ちるのを見ると、タヌキは嬉しそうにぴょんと跳ねた。 意気揚々、弟子を迎えに駆け寄って行こうとするが……。 その間を衝いて出た言葉を聞くや、踏み出した前足がぴたりと動きを止めた。】

	タヌキ 「……中々耳が敏いな、一番弟子。 師匠の言葉を、しっかり聞いている証拠だな。 誇らしく俺は思っているぞ。」

	【ぽてぽて、歩みはゆっくりと。 言葉を語りながら、弟子の元へ近付いていく。】

	タヌキ 「…そうだ、母さんは眠っている。 タヌキの姿から戻れなくなって、少し経った頃からだ。 ずっと目を瞑ったまま、身動き一つせずにジッとしているんだ。」

	タヌキ 「とは言っても、死んだわけじゃないぞ！ 匂いは母さんのまま変わらないし、毛皮だってふかふかのままだ！ いつか目が覚める日のために、今はゆっくり休んでいるんだ。」

	タヌキ 「本当は、一番弟子にも会わせてやりたかったんだけどな。 "今、この場所では"母さんは居ないんだ。 そういう意味なら、遠い場所にいるというのも間違いじゃない。」

	タヌキ 「…よし、これで聞きたいことは聞けたか？ もっと聞いても良いが、続きは泥遊びをしながらにするぞ！ ずっと服を脱いだまま立っていると、一番弟子の身体に良くないからな！」

	【弟子の足元に辿り着いたタヌキは、すぐにパッと踵を返して。 積もった泥の中に飛び込むと、ごろごろと身体を転がし始めた。 見る見るうちに泥とタヌキの境目が消えて、景色と同化していく……】

	タヌキ 「さあ、お前もやってみろ！　一番弟子！ 俺のやったみたいに、好きなように転がれば良いぞ！ ただし、眼とか耳とか鼻とかに泥が入らないよう気を付けろ！」

	【泥んこの中から、弟子を呼ぶ声がする。】

▲	ニアク 「…………」

	女は胡乱な顔をあなたへ向ける。 　あなたに浮かんださざなみは、やはり感情のように見えたからだ。

	ニアク 「……理解してくれて、助かるよ。 　ああ、私は考え続けなきゃいけない。 　答えを出しちゃいけないような気がしている。 　他人にも、答えを出してもらいたくない……しち面倒で悪いけどな」

	しかし、あなたの見せる揺れ動きこそが〈感情〉ではないか、と。 　あらためて指摘することは躊躇われた。拒否感、苛立ち、それから欲望。 　繰り返し、そう「したい」と望むことだって、感情がある証左に思えたものだけれど。 　あなたに応答するように、女の口も重くなる。

	ニアク 「今さら言うんだが、私もたぶん人じゃあないんだよ。 　記憶があいまいだって話したろ。 　だれかに造られたんだ、ってことを、このところ思い出してさ」

	ニアク 「だから、君が感情がないという話を聞くと── 　なぜ君に〈感情がなく〉て、私にはあるのか、ちょっと考えさせられるよ。 　まあ、考えて分かる話じゃないけどな」

	理解のあとに降りかかる肯定に、女は言葉を切った。 　わずか険のある沈黙は、そのあと口に出すことに棘を覗かせないために置かれる。 　あなたが、つとめて穏やかな態度を保っているためだ。 　ただし、その奥に翻弄するような色があるような気もしていた。 　女の視線は、あなたを見定めようとしている。

	ニアク 「……今のままではいけないか、と聞かれたら、答えは『はい』だよ」

	ニアク 「私は、記憶がない。記憶がない以上、償いは不完全なものになる。 　記憶を取り戻さなきゃいけない……でも、」

	ニアク 「記憶を取り戻した時、私は償うつもりのままでいられるのか？ 　それが分からない。それは──不安だ。 　だから、〈変わりたくない〉 　どっちつかずな答えばっかで悪いな」

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