11:棘頂 [キンジトウヲイタダクハ]
【 Type:A 】
Section-A
今になって十村の言葉が、ずっしりと重みを増してこの身体に圧し掛かってくる。
大きなもの。代償。
欲しいものを手に入れる為には、甘んじて受け入れなければならないもの。
イバラシティでの自分達の存在が不明だった。生命そのものが失われている可能性もあった。
その不穏な立ち位置に自身を置くこと、常にその不安に身を縛られ、精神を削ること。その苦痛。
それが代償だと思っていた。
今にして思えば、まるで的外れな楽観的思考のそれだ。
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雫 「蘇芳……あんたやっぱり本物だわ ほんと嫌になるくらい当たってる」 |
生まれも育ちもまるで違っていて、
性格や価値観だって正反対とも言える性質で、
歳なんて一回りも離れている女だけれど。
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雫 「あたし……親友を失ったのね」 |
自らの手でそれを切り離した。
伊予島
現役セレブサバゲーマー66歳。
今タロットで自身を占えば、出るのは[世界(正)]
例えそれがひどく歪で禍々しく映ろうとも。
雫
元裏社会住人の世話役55歳。
今タロットで自身を占えば、出るのは[正義(正)]
色んな事をやって来た。そろそろ年貢の納め時。
シーク
新しい旅仲間のひつじ0歳。
今タロットで自身を占えば、出るのは[星(正)]
小さな身体と小さな可能性。それを抱く者。
いくつもの、声が聞こえる。
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「何も失いたくない、奪いたくない……大事な人を、幸せにしたいだけ」 |
涙を流しながら少女が状況を嘆く。
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「泥の海から宝石探そうかって話だな。 宝石が自分からこの場に集ってくれると信じるかい?」 |
冷静な視野で少女は現実を突きつけた。
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「とはいえ、人の心は真実や理想のみで動けないのが道理……。 相談役には、なれるかもしれません」 |
先見えぬ手探りの中、男は可能性を示した。
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「だから、良くするためには食べ物とかを作る所から始めないといけないと思うかな…ッ!! それと、住む場所もかなり限られるから…ッ、そういう安住出来る場所も必要だねッ!!」 |
経験を元に、男が具体的な問題を提起する。
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「アンジニティに水?あったっけ。あったかも。ボクの命術でスイミャクとか見つけられるかも?」 「あたしは機械に強いよ。部品があればアンジニティで簡単なシステムくらいは作れるかもね」 |
形となった問題に、少女達が解決策を提示した。
途絶える事なく、声が続いている。
(深度40)
(深度41)
(深度42)
(深度43)
(深度44)
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相変わらず伊予島はCross+Roseに張り付いていた。 繰り返し、繰り返し『何か』をずっと見ている。 |
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雫 「………」 |
結局の所、伊予島が「何」に興味を持ち、「何」を繰り返し見ているのか未だに把握しかねている。
そこに彼女なりの意思の様なものが存在していることは、雫にも何となく分かるのだが。
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雫 「「子供」…だとは思うのだけど」 |
伊予島にとって自分以外の存在は皆、彼女の子供だ。
だから気になる。母親だから。
だから欲しいのか?「子供」を?
なのに「産みたい」のか?赤ん坊を。
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雫 「…既に持っているのに?」 |
既に持っているものを欲しがるというのは、どういう事だろう。
今持っている分だけでは足りないという事なのか、
それとも別の
未だ持っていない”何か”が欲しいという事なのか。
もしかして気付いているのか。
今、自分が持っている"それ"が、実は歪な紛い物であると。
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雫 「…その割には、落ち着いてる様に見えるけれど」 |
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雫 「………ん?」 |
見れば、代わり映えしない画面群の中、そのひどく低い位置に見慣れない映像が流れている。
一際小さいその画面から水平上に視線を引けば、それは伊予島の膝の上へとあたる。
白く柔らかな物体がそこに在った。
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雫 「…シーク」 |
名を呼ばれ、手の平サイズの小さな羊がこちらを見る。
が、すぐに画面の方へと視線を戻した。
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雫 「何よ、あんたも見てるの?八重子の真似?」 |
反応はない。無視である。
仕方がないので、雫もまた視線の先をシークに倣う。
映っているのは伊予島と自分だった。二人で何かを話している。
くるくると変わる伊予島の表情が、その映像が過去の記録の再生である事を示していた。
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雫 「………」 |
自分達の内々の会話を俯瞰的に眺めるというのは、何とも妙な気分だ。
画面の大きさに比例してその音声も小さい筈なのだが、それでも伊予島の声はよく耳に通った。
金の双眸がじっとその画面を見つめている。
四辻 霜夜からこの小さな羊を貰い受けたのは、伊予島を壊した後の事だ。
だから当然、この頃の伊予島をシークは知る筈もない。
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雫 「…こんなもの、よく見付けたわね っていうかあんた、Cross+Rose弄れるの…」 |
器用な羊だ。
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雫 「…そう……これが八重子なのよ」 |
これこそが。
雫もまた視線はそのままに呟く。
その声に重なるようにして、伊予島の嬉しそうな声だけがずっと響いている。
まるで砂糖菓子のような、
どこまでも甘く、そして
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ピッ |
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雫 「ん?」 |
映像が止まり、僅かにノイズが走る。
一瞬大きく画像が乱れた後、見覚えのあるシーンが流れ始めた。
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雫 「………」 |
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雫 「……もしかしてリピート再生?ずっと?こればっかり?」 |
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シーク 「めっ」 |
得意げにシークが鳴いた。
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雫 「 何よ、これ」 |
伊予島が何かを差し出すので受け取って見てみれば、
それは彼女が普段から身に着けているピアスだった。
その片方、細い涙型のアメジストが雫の指先でキラキラと輝いている。
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伊予島 「イバラシティ 戻る」 |
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雫 「? そうね?戻るわ」 |
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伊予島 「赤ちゃん 産む? 産みたい」 |
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雫 「大丈夫 ちゃんと産ませてあげる 時間は少し掛かるかもしれないけれど、いずれ必ず 」 |
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雫 「……もしかしてその対価 内金って事?」 |
思えば、これと似た光景を以前にも見た事がある。
買い物をすると言い出して意気揚々とベースキャンプを訪れたのはいいが、結局肝心のPSが足りなかった。
そこで大人しく引き下がれば良いものを、伊予島は対価としてピアスの片方を店員に差し出したのだ。
もう随分と昔の事の様に思える。
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雫 「…馬鹿ね 良いわよ別に こんな物無くったって 」 |
かさついた顔に一層濃い色の影が落ちる。
おずおずとポケットから小袋を取り出し、中を見せるように袋の口を開けた。
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それは、小銭入れだった。 |
伊予島は普段から財布を持ち歩かない。
だから買い物をすると言い出した時、適当な小袋にPSを入れて彼女に渡してやったのだ。
当然、その小袋の中にはもう何も入っていない。
空となった袋の底布だけが、指先から伝わる振動で力なく震えている。
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雫 (……馬鹿ね) |
これから自分が目指すものは、全て個人的な感情によるところが大きい。
願望と、理想と、贖罪と。
それこそ対価なんて求めていない。
そもそも彼女の世話に関する費用は金融機関を通して定期的に引き落とされている。
既に契約は成立しているのだ。
今この場においても彼女の命令は基本的に絶対で、彼女が望む物は可能な限り手に入れる。
それが雫の仕事で、当然支払いの中にはそれが含まれている。
だから今ここで金目の物を差し出す必要などない。
そんな事は伊予島にだって分かっている筈なのに。
分かっているのだろうか。
もしかして分かっていないのだろうか。
これまでずっとそうしてやって来た事だというのに。
そんな事も、もう分からなくなってしまったのか。
指の腹で柔らかく石を撫で上げる。
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雫 「成程…流石に質は良いのね」 |
それでもこの大きさ一粒では大した価値にはならない。
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雫 「……オーケィ、貰っとく 契約成立よ」 |
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雫 「確かに、 承りました」 |
膝をつき、頭を垂れる。
以前にもやってみせた時と同じ様に。
だが今度は嘘じゃない。
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雫 「私の全ては、貴方の望むがままに」 |
取り繕いの言葉などではない、自らが心から求めた真実の言葉で。
(深度45)
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雫 「……あたし、貰った分の働きはちゃんとやるのよ 知ってるでしょう? こんなもの先に出されちゃあ、嫌でも暫くは貴方の傍を離れられないわね」 |
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雫 「…さぁ、行きましょう 少しでも影響値を稼いで行かないと」 |

[861 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[444 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[500 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[193 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[397 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[305 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[216 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[156 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[79 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[134 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[128 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[182 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[28 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[48 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[22 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[49 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[0 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
―― Cross+Roseに映し出される。
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カオリ 「ちぃーっす!」 |
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カグハ 「ちぃーっす。」 |
カオリ
黒髪のサイドテールに赤い瞳、橙色の着物の少女。
カグハと瓜二つの顔をしている。
カグハ
黒髪のサイドテールに赤い瞳、桃色の着物の少女。
カオリと瓜二つの顔をしている。
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カオリ 「・・・・・あれぇ?誰もいなーい。」 |
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カグハ 「おといれ?」 |
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カオリ 「そうかもね!少し待ってみよっか?」 |
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カグハ 「長いのかな・・・」 |
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カオリ 「・・・・・・・・・あーもう!全然こなーいっ!!もう帰ろう!!!!」 |
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カグハ 「らじゃー。ざんねんむねん。」 |
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カオリ 「むー、私たちみたいにどこかドロドロになってないかなぁーって思ったんだけどなぁ。」 |
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カグハ 「ドロドロなかま。」 |
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