
彼はそれから悪魔の力を使って金を稼いだ。
妹を身請けするための金を。
病を得た金持ち、権力者に近付いてはその病を《治す》。
報酬をもらったらすぐに姿を消す。
親しい者が身代わりになったのが発覚する前に。
悪魔は言う。
「正しき心を持てば、悪行もまた善なり」
これは悪行ではない。
病を治しているのだから。
悔恨と迷妄に揺れる心で、彼は自分自身に言い聞かせ続けた。
二年がたち、妹を身請けする金がようやく用意できた。
女郎屋へ向かった彼が知ったのは、妹の死だった。
妹は初めて客を取る日、自死したという。
先月のことだった。
下賎の女ということで、独立した墓もなく、無縁者として墓穴に放り込まれたという。
郊外の、海が見える丘の上に、彼だけの妹の墓を建てる。
もちろんなきがらもなく、遺髪もなく、形見の品もなにも見つからなかった。
だから墓といっても、そこに妹を偲ぶなにものもなかった。
妹は何を思っていたのだろうか。
あとひと月、待てなかったのか。
いや、自分はなぜあとひと月、急ぐことができなかったのだろう。
救いたかった妹を救えなかった。
せめて、妹の代わりに、誰か一人でも救いたい。
それだけを念じ、彼は放浪の旅に出た。
★
その後、彼は自分の得た力を使ってどうにか「救い」を与えようとした。
だが、どうやっても──
治した者から怨嗟されるか、伝染された者から怨嗟されるか。
そしてどちらにも親しい者からは必ず怨嗟の声が上がった。
悪魔は言う。
「迷いもまた必要だ。救おうとする者は等しく迷う刻を持つ」
疲弊した心にその言葉は希望の星のように灯されるのだ。
それが悪魔の囁きであることは分かっているのに。
★
すべてとはいかないが、いくつか例を挙げよう。
その1。
自らが助かりたい一心で息子に病魔を押し付けた男。
最初は妻に、と言ったが、この酷薄な男は妻との《縁》が薄すぎたためにできなかった。
「ならば息子に。あやつはまだ幼いから俺のことを信じているだろう」
果たして男は治った。息子の命を差し出して。
多額の報酬をもらい、彼はすぐに立ち去った。
この男を救うことが、それに加担したことが腹立たしかったからだ。
だがそれでも、人を救ったという事実が、実績が欲しかったのだ。
快気祝いの宴で、男は自分の病魔を息子に肩代わりさせたと吹聴し、悪魔とでも取引してみせると豪語したという。
そして翌日妻に毒殺されたという。
悪魔は言う。
「救うべきではなかったか? だがあの幼子、長じてあの男を上回るほどの悪人になる相が出ておったぞ。巨悪の芽を摘み、そして今の悪人も討たれた。功徳というべきでゃないか」
先のことなど分からない。だが、悪魔の言葉は魂を毒で侵してゆくのだ。
幼い子供の苦悶の表情は、何度も夢に見ることになる。
そのたびに後悔と自責の念に苛まれた。
その2。
若くして病を得た王と、その師にして忠実なる老臣。
王が自らの判断で政務を始めて3年で、死病を得た。
王の行く末を楽しみにしていた老臣は、自らの寿命を差し出した。
果たして王は快癒し、老臣は死んだ。王が国に繁栄をもたらす夢を見て。
王の善政は老臣の監視あってのものであった。
王を諫止できる者はいなくなってしまった。
王は奢侈に惜しみなく富を注いだ。
それが老臣への復讐であるかのように。
10年の暴政ののち、家臣に討たれて国は滅び、残ったのは旧臣たちが争う荒廃した土地だった。
悪魔は言う。
「恩を仇で返す……いや違うな。元々王は恩義など感じていなかった。だから死病を押しつけられるのはまさに渡りに舟であった。王の病とは『王』という立場そのものであったのかもしれぬな。国王という業病から解放され、人として生きて死んだのだ。悔いはなかろう」
誰もが悔いる結末ではないのか?
病を治す代償としてはあまりにも大きなものではなかったのか。
もちろん悪魔は結末に満足していた。
自分の《力》でここまでの昏迷を導けたのだから。
その3。
死にたくないと言った娘と、できるなら代わってやりたいという母親。
利害は一致していたのだ。少なくとも口では。
だが……。
治ったところで、長く病床にあった娘には自活する能力がなかった。
病を得てからも無理をした母親はすぐに死んだ。
生きるために必要なことを、娘に何も教えてやれなかったことを悔やんで。
娘は絶望し、そして貧困の果てに餓死した。
病が治ったことに感謝などなく、ひたすらに母を犠牲にしたことを悔やんで。
たった一年の間ですら、健康であることを維持できずに。
悪魔は言う。
「母子ともに悔いを残して疾く逝く。しかし病苦とその看病に疲れ果てるまでの時を縮めたのだ。それは救いではないのか?」
恨みと諦めを含んだ母娘の視線は、夢にまで出てきた。
救いとは……思えなかった。
悪魔の甘言は毒となって彼の魂を蝕んでいたが、毒が回りきった魂は、それ以上の毒を盛られても何も効果がなかった。
しかし、毒の回った魂はそのまま彷徨を続けた。
気づかぬうちに周囲に毒を撒きながら。
これこそが、悪魔の目的だったのかもしれない。
★
それからどれだけの年月が経ったのか、もう自分でも分からなかった。
そのまま惰性で同じ事を繰り返していた。迷いは擦り切れてなくなってしまっていた。
そして悟ったのだった。
けっきょく、自分は誰も、何も……救えなかったのだと。
★
彼の魂は疲れ果てていた。
自分は結局悪魔に魂を弄ばれただけだと気付いたから。
人の魂から輝きが失われたとき。
それこそが悪魔たちの言う「死」なのだと。
悪魔は言う。
「ならば汝に用はない。生死の狭間に彷徨う者に成れ果てよ!」
★
狭間世界の底を這いずる銀色の「ナレハテ」がいた。
呻き声のような、鳴き声のような音を時折発する。
発音も不明瞭で、反響もひどいが、注意深く聞けば、人の言葉に聞こえるかもしれない。
ボクハ イモウトヲ タスケタカッタ ダケナノニ──

[870 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[443 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[500 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[190 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[380 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[296 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[204 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[143 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[61 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[123 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[108 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[129 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[12 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[37 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
―― Cross+Roseに映し出される。
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白南海 「・・・・・」 |
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エディアン 「・・・・・」 |
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
チャット画面に映るふたりの姿。
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エディアン 「・・・白南海さんからの招待なんて、珍しいじゃないですか。」 |
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白南海 「・・・・・いや、言いたいことあるんじゃねぇかな、とね・・・」 |
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エディアン 「・・・・・あぁ、そうですね。・・・とりあえず、叫んでおきますか。」 |
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白南海 「・・・・・そうすっかぁ。」 |
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白南海 「案内役に案内させろぉぉ―――ッ!!!!」 |
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エディアン 「案内役って何なんですかぁぁ―――ッ!!!!」 |
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白南海 「・・・・・」 |
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エディアン 「・・・・・」 |
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白南海 「役割与えてんだからちゃんと使えってーの!!!! 何でも自分でやっちまう上司とかいいと思ってんのか!!!!」 |
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エディアン 「そもそも人の使い方が下手すぎなんですよワールドスワップのひと。 少しも上の位置に立ったことないんですかねまったく、格好ばかり。」 |
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白南海 「・・・・・」 |
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エディアン 「・・・・・」 |
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白南海 「・・・いやぁすっきりした。」 |
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エディアン 「・・・どうもどうも、敵ながらあっぱれ。」 |
清々しい笑顔を見せるふたり。
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白南海 「・・・っつーわけだからよぉ、ワールドスワップの旦那は俺らを介してくれていいんだぜ?」 |
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エディアン 「ぶっちゃけ暇なんですよねこの頃。案内することなんてやっぱり殆どないじゃないですか。」 |
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エディアン 「あと可愛いノウレットちゃんを使ってあんなこと伝えるの、やめてくれません?」 |
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白南海 「・・・・・もういっそ、サボっちまっていいんじゃねぇすか?」 |
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エディアン 「あーそれもいいですねぇ。美味しい物でも食べに行っちゃおうかなぁ。」 |
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白南海 「うめぇもんか・・・・・水タバコどっかにねぇかなー。あーかったりぃー。」 |
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エディアン 「かったりぃですねぇほんと、もう好きにやっちゃいましょー!!」 |
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白南海 「よっしゃ、そんじゃブラブラと探しに――」 |
ふたりの愚痴が延々と続き、チャットが閉じられる――