記憶。おかしな記憶。頭が割れるように痛い。
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『私には、貴女を元居たところへ帰してあげることはできません。』
深い森。木々の隙間から、夕日のように地平の上に太陽が顔を覗かせる。
でもあの太陽は、あそこからずっと動かない。
私は、ここで瞑想のようなことをしていた。
『生き延びることです、どんな世界であれ。修行し、心の力を強く持ちなさい。』
私に静かな口調で語りかける、鹿の角のようなものを生やした女の人。
ここには、私のように方々から世界を渡って迷い込んでくる人がいるらしい。
そういう人たちをなるべく適切に帰すのは、この人達の一つの仕事らしい。
私は、いくつかすでに別の世界から流されてきていて、
偶然が重なったその経路を逆に辿るのは、不可能に近いらしい。
帰りたいと私が願うのなら、とにもかくにも生き延びなくてはいけない。
だから、私の異能を鍛えるのだそう。この修行も、その一環。
『貴女の力の源は、太陽。しかし、貴女は今"あれ"を太陽とは感じていない。』
彼女は、動かない夕日に目をやった。
たしかに、太陽のように明るい光。でも、太陽よりはっきりと明るくはなく、
もっと離れたところへは弱弱しくしか届かない、そんな、"偽物の太陽"。
贅沢を言いたいわけじゃないけど、私は本当は、もっと強い明りを浴びたい。
『生き延びたければ、あらゆるものから"太陽"を感じなさい。
陽の光は生命を生み出し、時の流れを照らし、世界に散らばっている。
貴女がその気になれば、草花、風の流れ、天の移り変わり。
あらゆるものから力を得て、そしてあらゆるものを生み出せるのです。』
よくわからない。あらゆるものから力を得て……そんなこと、出来るのだろうか。
『願うことです。世界は生命を生み出し心を与えた。
しかし、心は願えば世界をも変えうる力があるのです。
信じることです。貴女の"太陽の力"の可能性を。』
──────
『異能に限らず、この街にはいくつかの異能力と言いますか、
秘術めいた行いが出来る方々もいます。』
近所の高校。異能学という授業で、私は真面目に授業を聞いていた。
教壇には私の姉とそう変わらなく見える、おとなしそうな若い女性の教師。
図書館の司書とかにいたら、とても似合いそうだと思った。
『魔術、オカルト、あるいは異能、あるいはプラシーボ効果……
大きな括りで一まとめにすれば、それらはすべて"意志"が干渉しています。』
プラシーボ効果。ネットで読んだことがあるのを思い出す。
医学用語だったかなんだったか、思い込みで病気が治ったり、
その逆に病気になってしまったり、というやつだったはず。
偽薬とかも、そういうのを狙って処方されるらしい。
『異能や超常的な力が単純な物理法則を歪める時、そこには必ず
誰かしらの"こうしたい"という意志が働いている、ということです。
つまりこの事は、一つの仮説を導きます。異能が心の現れ方の一つなら、
心を正しく理解し望み方を変える等すれば、異能は後天的に変わりえる。』
異能が変わる、そんなことがあるのだろうか?
『実際に、突如違う異能が発現したり、異能の性質が変わった事例は存在します。
ただしそのほとんどは本質を似たものとしていることから、
全くの別物になることは出来ません。人は、完全な他人にはなれないからです。』
もし異能が変えられるのだとしたら、私も別の異能にしたい。
今の異能は目にも悪いし、さほど役に立つわけでもないし。
どうやったら異能を変えたりできるんだろうか?
『とはいえ、これはごくごく稀なケースではあります。異能のほとんどは
生まれ持ってのその人間の"性質"と言えるものであるからです。』
残念。
『この"異能学"では、どのような人間にどのような異能が発現する傾向があるのか、
異能にはどのようなタイプがあるのか、等を心と異能双方から考える学問です。』
ここでチャイムが鳴った。先生が慌てたように締めの言葉を言い、授業は終わる。
少し面白そうな授業だな、と思った。
中学生でも行ける、特殊な高校ならではな授業。今度も行こう。
──────
太陽は沈まない。私は、自分の異能の光に力を込めて、意志を込める。
『そう、その調子。貴女自身が太陽になるのです。万物を生み出す、太陽に。』
明るすぎない私の光が、目の前の傷ついた小鳥を包み込むと、
ごくごくゆっくりながら傷が塞がっていくのが見える。
治れ、治れ。普段したことがないぐらい一心に願い続けて、
ようやく大怪我が30分かけて中怪我(?)になるぐらい、そんなペースで。
『そこまでにしておきましょう。無理はよくありません。』
えっ。まだ治せていないのに、疲労の中でそう感じた私を見透かすように、
再度その鹿の角の女性は私に止めるよう言った。
『意志の力も体力と同じように、限界があるものです。
無理をしすぎる癖がつけば、今度は他の"意志"に付け込まれる。
貴女は無理をするきらいがあるでしょう。それを改めなくては。』
確かに、そうだ。私は異能にかざした手の力を緩め、どっと脱力した。
『今の感覚を覚えておきなさい。いずれ繰り返して、
貴女にとって"癒す"ことが当然出来るものと思えるようになれば、
今よりも遥かに自然にその力を行使することができるでしょう。』
集中力が切れていて、その言葉は私の頭には話半分しか届かないでいる。
『さぁ、心の力を貯め直しなさい。感じ取るのです。遠く離れた地の太陽を。
貴女は太陽に育まれ、その貴女がここにいる。貴女がいる限り、
そこに太陽が見えなくとも、常に太陽は貴女の傍に在るのですから。』
──────
なんだか、少し気を失っていた気がする。私……わたし?
"アラタ"の記憶すら飛び飛びで、わけがわからない。
脳裏に星の映る瞳がちらついて、それに気を取られっぱなし。
それが何だったか思い出そうとしても、
頭に靄がかかったように思考はぜんぜんまとまらない。
それに、何か大切なことを昔言われたのを、唐突に思い出した。
……しまった……なんだったっけ……。……何が?何の話だっけ。
ああ、ダメだ。私が私じゃないみたい。

[852 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[422 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[483 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[161 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[354 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[251 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[182 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[118 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[44 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[111 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
―― Cross+Roseに映し出される。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
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エディアン 「・・・・・・・・・うわぁ。」 |
Cross+Rose越しにどこかの様子を見ているエディアン。
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
ノウレット
ショートの金髪に橙色の瞳の少女。
ボクシンググローブを付け、カンガルー風の仮装をしている。やたらと動き、やたらと騒ぐ。
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ノウレット 「こんちゃーっすエディアンさん!お元気っすかー??」 |
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白南海 「・・・・・・チッ」 |
元気よくチャットに入り込むノウレットと、少し機嫌の悪そうな白南海。
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エディアン 「あ、えっと、どうしました?・・・突然。」 |
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白南海 「ん、取り込み中だったか。」 |
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エディアン 「いえいえいえいえいえー!!なーんでもないでーす!!!!」 |
見ていた何かをサッと消す。
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エディアン 「・・・・・それで、何の用です?」 |
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白南海 「ん・・・・・ぁー・・・・・クソ妖精がな・・・」 |
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ノウレット 「コイツがワカワカドコドコうるせぇんでワカなんていませんって教えたんすわ!」 |
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エディアン 「・・・・・・・・・」 |
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エディアン 「・・・何かノウレットちゃん、様子おかしくないです?」 |
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白南海 「ちょいちょい話してたら・・・・・・何かこうなった。」 |
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エディアン 「え・・・・・口調を覚えたりしちゃうんですかこの子。てゆか、ちょいちょい話してたんですか。」 |
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ノウレット 「問い合わせ含め58回ってところっすね!!!!」 |
ノウレットにゲンコツする白南海。
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ノウレット 「ひいぅ!!」 |
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白南海 「いやそこはいいとしてだ・・・・・若がいねぇーっつーんだよこのクソ妖精がよぉ。」 |
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エディアン 「そんなこと、名前で検索すればわかるんじゃ?」 |
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白南海 「検索・・・・・そういうのあんのかやっぱ。教えてくれ。」 |
検索方法をエディアンに教わり、若を検索してみる。
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白南海 「――やっぱいねぇのかよ!」 |
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ノウレット 「ほらー!!言ったとおりじゃねーっすかー!!!!」 |
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白南海 「だぁーまぁー・・・れ。」 |
ノウレットにゲンコツ。
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ノウレット 「ひいぅぅ!!・・・・・また、なぐられた・・・・・うぅ・・・」 |
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エディアン 「システムだからっていじめないでくださいよぉ、かわいそうでしょ!!」 |
ノウレットの頭を優しく撫でるエディアン。
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エディアン 「ノウレットちゃんに聞いたんなら、結果はそりゃ一緒でしょうねぇ。 そもそも我々からの連絡を受けた者しかハザマには呼ばれないわけですし。」 |
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白南海 「・・・・・ぇ、そうなん・・・?」 |
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エディアン 「忘れたんです?貴方よくそれで案内役なんて・・・・・」 |
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エディアン 「あー、あと名前で引っ掛からないんなら、若さんアンジニティって可能性も?」 |
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エディアン 「そしたらこちらのお仲間ですねぇ!ザンネーン!!」 |
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白南海 「・・・・・ふざけたこと言ってんじゃねーぞ。」 |
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白南海 「まぁいねぇのは寂しいっすけどイバラシティで楽しくやってるってことっすねー!! それはそれで若が幸せってなもんで私も幸せってなもんで!」 |
こっそりと、Cross+Rose越しに再びどこかの様子を見るエディアン。
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エディアン 「さてあいつめ・・・・・どうしたものか。」 |
チャットが閉じられる――
ヒノデ区 E-4 周辺
海鳥カフェ
ヒノデ区、海鳥カフェ。
眺めの良い海辺・・・とは、ハザマではあまり言えないが、
お店自体はイバラシティでの様子とあまり変わらないように見える。
・・・・・ある点を除いて。
オオウミネコ
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オオウミネコ 「・・・・・・・・・」 |
一切の鳴き声をあげず、カフェの周囲を飛んでいる。
その目は既にこちらを捉えており、巨体が静かに近づいてくる・・・