-番外-
森大路ビル1Fに店舗を構える喫茶店。
「ボルケーノ級」を売りにする、とあるレストラン。
閑散とした店内に、人物が一人。
少女
メイド服で右手にフラスコ、左手に輸血パックを持った少女。
「保冷剤足りないなぁ…もういっそ全部ここで飲み干すか
「こんちはー……ぁ?」
「……って 今日もう閉店…あ、表の札変え忘れてた」
覗き込む様に入ってきた客人は中の様子が思ったより閑散しているのに気づいた。
「来たものはしょうがない、らっしゃい。」
てっきりそうなのかと見えた貴方に尋ねる。
「あ、すいません。開店前でしたか?」
「いんや 間違ってないよ もうそろ閉めるとこだけど」
「まだ時間あるし 接客いたしますぜ」
「あぁ、良かった ……ん?」
「ん?」
今の物言いに少しあれ?とは感じつつも接客致すとの事なので
「いえ、それじゃあ。」
遠慮なく入って、厨房に一番近い所のカウンター席に座るだろう。
荷物をぽいぽいとレジに引っ込めて
「多分あなたが最後のお客ってこと」
「ご注文どうぞー。なんでもあるよ、なんでも。おすすめのサイズはボルケーノ級です」
「…何といったらいいか。」
「幸運というか、不幸中の幸いというか。閉めるってのは、本当に今日でこの店を?」
「そ。まぁ溜まり場として鍵は別の人にあげちゃうけど、私が料理長兼ウェイトレスをするのは最後になるね」
「溜まり場、成程…。お引越しされる感じですか。」
「どっちかというと夜逃げの方が近いかな?」
「え、夜逃げ!?」
「夜逃げ」
頷き。
「そいつはそのー、いいんすか、穏やかじゃないというか。」
「接客されてる場合ではないのでは。」(´◔ω◔)
「いいのいいの 初めてじゃないし慣れたことだから」
「拠点を転々とするのも悪くないものだよ・・・まぁ」
「ここは居心地よかったし 多少残念ではあるんだけどね」
「………。」
少し考える素振りを見せて
「そう、か。えぇっと、それじゃあ。」
ボルケーノ級と言われるメニューを見て、一番お勧めそうなのを探す。
メニューと書かれた表にはドリンクしか書いていない
「あ 食事は口頭でどうぞー。なんでも作れますから。
「好きな食材を言うもよし 好きな料理をいうもよし。
食材も料理も、各々の最高のパフォーマンスで仕上げることができますよー」
「なんでも?」
「女に二言はない」
「言ったね。それじゃあ。
カツカレー、エビフライ、スパゲッティ、ミートドリア、マルガリータピッツア。」
「大食漢であった!!」
「意外と結構食べますよ。」
「ではそれらの”ボルケーノ級”はいかがでしょう?」
にんまり彼女は笑った。
「勿論、そのつもりですとも。最後って言うんなら今のうちに挑んでおかなくちゃもったいない!」
「いい心意気だぁ!」
「ん~・・・15分 お待ちくださいな」
こちらも腕まくりをしつつ 戦場に赴くかのように厨房へと進んでいく
「あの注文量をたった15分で…!?」
「すべての食材を最適な方法で最短で同時に進めれば何のそのさ」
「というわけで ばい!」デュワ!!
ではお手並み拝見、と。
一体ボルケーノ級とはいかほどの物か、ゆっくり待つ。
―――15分後―――
「はいまずはカツカレー」
どんと淵の高い大皿に茶色い物体が載っている。
カレーか と思いきやそれはカツだった
「底深いな、カレーで見えな いや待て!?これは…」
「全部カツだと!?」
一塊の豚肉が丁寧に上げられ 皿に鎮座している。
少しナイフを入れてみると 中からとろりとコメとカレールーが出てくる。
さながらカレーパンのようだ
「……ほ~~~~~!中からカレーライスが一緒に。」
「お米を炊く時間も勿体なかったので一遍に揚げました 大丈夫 ちゃんとふっくら炊けてる」
「通だねぇ」
「湯気を見ただけで炊き加減が解る。絶妙な炊きの仕上がりにコメが光っているなぁ!」
カツの中にカレーとライスまで一緒とは面白い工夫だと。
「それじゃ、いただきます。」
礼儀良く手を合わせて、スプーンでカレーとライスを掬い一口。
ハフッ、ハフッと。
一口一口、量をものともしせずガツガツと平らげていく。。
そして1時間半をかけてカラン、と注文した料理の皿にスプーンの音が響く。
パァン、と両手の音が鳴る。
成し遂げたかのような満足感に椅子にもたげる。
「……ごっつぁんです!」
「いやぁびっくり。マジで平らげたね」
「ちょっときつかったけどね、満足した!」
「尊ちゃんでもここまでの食べっぷりはなかなかみないよ、料理人の本懐だね」
「なはは、友達かい?尊ちゃんって。」
「そう 別名パーティメンバーかな。お兄さんはきいたことない?」
「夢の中でここ、イバラシティが外なる者たちに襲撃を受けてるって話」
「それを真に受けてチームを結成して結構立ちますね。」
「今では他人事と笑えないくらい実感が出てますけど」
「言い出しっぺはどっかにいっちゃいましたけどね」
「…へえ、そんな話が。噂で少し聞いたことあるかも。」
「成程ー、リーダーは既にこの街にはおらず、かぁ。」
「……あ、もう一つ注文良いかな。」
「はいよいよ」
「食後のデザート……。」
「んーー、流石にちょっと別腹はきついか。」
「……じゃあ」
メミューを見ながら、人差し指をひとつ立てる。
「ホットミルク、ひとつ。」
屈託なく笑いながら注文した。
どことなく、その表情が。
誰かを思い浮かばせるものかもしれない。
「………ッハ。
いけないいけない見とれてしまった、ホットミルク了解~」
こほん、と厨房に入ってものの2分で出てくる
「はいよ さすがに普通サイズだよ」
「ども、あーあと。すいません砂糖を。」
「ほいほい」こつん と砂糖のツボを置く
と同時に
慣れた手つきで
さも当然のように
突如として
今田は自身の首筋に違和感を覚える。
気づいたときには 特に傷もなく目の前には
極細の針に滴る血を光に照らしてみている彼女の姿がある。
「 ―――――?…」
違和感に手を触れて、何もないと、彼女を見て。
唯、その彼女を見て口を呆ける様に開けて、目を見開いて彼女の目を見てた。
静寂。
「…? お砂糖どうぞ。あ、ガムシロのがよかったですか?」
「…ガムシロップも、勿論良いけど。」
自分の首筋を撫で。
「…ここを出る原因は……それ?」
彼女に聞いてみた。
「5割は正解ですかねぇ あ 想像してるのとは違うと思いますよ???」
「私がここを出るのはこっちが原因なんで」
べーっと舌を出す
「…?」
そっと 舌の上に血 あなたの血液をおとす
「ん~…この高血圧は今の揚げ物パラダイスの影響とみて間違いはないとして」
「武術の心得と魔術の心得 おっと義手ですか 全く気付かなかった」
「それと カップ麺かな?もう少し控えることをお勧めします」
「焼き豚ラーメン好きなのがばれた…。」
「そしてー・・・ほー」
「これは私も初めて”味わう”な」
「多重人格は何度かあるけど それとも違う さらに異質さ」
「・・・2・・・いや3かな?」
「お互い苦労してるようで 今の一瞬で親近感湧きました」
「あーこれは新展開 できればリッターほしい」
「…苦労かぁ、まぁー。倫理観とかではここでも数人におかしいとは。」
がりッと人差し指をかみ切り。
おいで、と言わんばかりに血を垂らす指を貴方の口元に差し出す。
「…ほぇ?」
「君の場合は、金より此方とみた。」
「リッター、でよければ賄える。君の料理によるものだが。」
「あれ、引かないんですね」
「思いっきりドン引きされること前提で話してたのに」
そのまま片手でミルクを頂きつつ。
「甘っ…今ので今のを言い当てたのは、憶測すれば行き当たるよ。
「確実じゃないけど、君も苦労してるのだと、そして。」
「あいつもこうしてなんでも甘くしていたが、ウーロン茶とか。」
「去る君に、こんなことしかできないとは、思いたくないけどね。」
「ホットウーロン茶に砂糖は犯罪ですよ」
「其れは私も思う。」
「単刀直入に変な人ですね お兄さん」
「そんなまさか、私が血を欲してるとか、そんな吸血鬼じゃあるまいし。」
「そんな、ねぇ」
喋る貴方の口に、人足し指を突っ込んだ。
「襲わえあーーー」
口からどくどくっと適量が流れてくる。
指からとは思いにくい量が口の中を満たし、彼女は余さずその血をを頂き啜った。
「ぷはっ。新しい世界が見えそう…!」
「見えそうなら、まぁ。」
苦笑しながら。
「次行く道は迷わない、ってとこだろうか」
「………悔やむな、全く。決してこういうのを望んだわけじゃないけど、そう。」
指の切り傷を拭きとり
「もっと早く、別の形で逢いたかったとは言う。」
「私ももっとお話ししたかったよ すごい興味出た」
「でももう足跡聞こえちゃってるんだよね」
「ほんとに 歯車がちょっとズレてしまった感じだ」
「そう、か。」
「いいもの見せてくれてありがとう 最後のお客様」
「お代は取らないよ もう店長もいないし」
「其れは此方こそだ。凄いし美味しかった、君の料理。」
「またいつか食べたいかもな。この先の運が良ければ。」
「……なら、最後に一つ。」
「ほい」
「此処に残る私に、出来る事はあるだろうか。」
「頼みでもいい、聞こう。」
「そしたらそうだね」
「ここを根城にしてたチームの行く末を見届けてほしいかなぁ」
「お兄さんはお兄さんでやることがあるんだろうけど」
「接触してとまでは言わない 見てるだけでいいんだ」
「夜逃げにはなんの抵抗もない私だけど 唯一最初で最後の心残りだからさ」
「…わかった、その頼み聞き入れよう。」
「いい人だ・・・あ そうだ」
「これは料理人ではない私のひとこと」荷物をまとめ終え
「?」
「今日の今の食事カロリーを計算した結果 体系維持のために3時間の有酸素運動をお勧めします」
「またコレステロール値増加により今晩は足と顔のむくみがえぐいことになるよ」
「by医者の私」
「……。」
「あっはは…肝に銘じておきます。」
「君もまぁ大変だとは思うけれど、どこに行っても元気で。もしも…。」
「世界の外のどこかにいる、森那絢莉栖っていう少年に逢えたら。」
「よろしく言っておいて欲しい、転々してるだろうから、難しいだろうけど。」
「………。」くすっと笑って
「了解したよ でもきっと会うことはないと思うよ」
「あえて私の名前は公開しないでおこう それじゃね お兄さん」
「あぁ、それじゃあ………また。」
「やだなぁ そんなにお兄さんが暗くなることないのに」
「・・・おっとほんとにヤバイ 鍵は開けといて大丈夫だから」
「ん。」
そう言えばアイツのときは、声張り上げてたなぁと。
「悲観はしてないよ、大丈夫。」
「『出会いと別れを繰り返して、其れでも世界は廻っていく。』」
「そういうものだよ、『夜を廻る者』、おいき。」
「そんな見送られ方は初めてだ」
「見送ってくれる人がいるのは気分がいいね ほんと」
「では・・・まいどありがとうございましたー」
裏口へ行った彼女を見届ける。
静寂が募る。
たった一度となった出会いには惜しい、と気持ちが嘆いてはいた。
だがこれもひとつの結末で在り、偶然の産物でもある。
少なくとも、名も知らぬ料理人がこの世界に居たことを。
生き続ける限り、自分の中で、『彼』と同じく。
この世界に彼女はともに廻り続けるだろう。