【10年前、某日・某所】
「あ、よかった。みんないるわね」
からり、部室の扉が開いて彼女が覗き込んできた
大体のいつもの面子がそろっていることを確認して、中に入ってくる
「あれ、夢咲さん。まだ夏休み終わってないよ?」
「みんなだって、もういるじゃない」
くすくすと笑いながら、彼女は何やら大きな袋を机の上に置いた
まだ夏休みが明けていないのは事実だが、この新聞部の面子は大体部室にそろっていた
夏休み明けてすぐに学校新聞を出す予定だから、その作業があるせいだ
もっとも、作業ついでに皆で集まって喋るのが目的と言うのも、多少はあるだろうが
彼女も、その点わかっていてやってきたに違いない
「零羅ちゃん、その大きな袋何?」
「これ?夏休み終わる一足前に、みんなにお土産よ」
部長の問いに、彼女はにっこり笑ってそう答えた
半分、暑さでだらけていた皆ががバリ、起き上がる
「お土産?どこの?」
「ヴァーチャシティと、あとはヨーロッパのいくつかの国よ」
「仕事で行ったんだったよな。わざわざ。買ってきてくれたのか」
彼女、夢咲 零羅は現役高校生にして現役の作家だ
それも、いくつかの作品は映画化やらドラマ化やら……最近はアニメ化された物もある。そんな人気作家である
国外でも作品は人気らしく、夏休みのような長期の休みの期間は国内外あちこち飛び回って、サイン会なり関連の仕事をしていると聞いていた
正直、長期の休み期間の方が普段より忙しいのではないか?とも感じる
そんな多忙な中、自分達に土産物を買ってきてくれるくらいには彼女はこの新聞部面子を親しく思ってくれているのだろう。純粋に、彼女が親切なだけかもしれないが
「ヴァーチャシティ辺りの物は、まだこっちにはあまり入ってこないんですもの。せっかくだからね。ほら。ヴァーチャシティ名産のスイートナッツ」
「よりによってハワイシティのマカダミアンナッツのようなチョイス!?」
でんっ、と机の上に出された袋の中に、アーモンドに似た見た目のスイートナッツがぎっしり、入っている
聞いたことがある。見た目完全にアーモンドのくせに、味付けせずとも大変と甘いと噂の食べ物だ。自然でこんな甘さ出るのか、と疑問は浮かぶが、あのヴァーチャシティ特産であるのだ。遺伝子改良とかそうしたもので生まれたものなのだろう
「あら、私、食べたことあるけど結構おいしいわよ?一気にたくさん食べると胃もたれするような気がするけど」
「夢咲は甘いもん好きだからそうだろうけど。日本人の平均味覚からするとあっっまいことに変わりないよな。いや、土産物だからもらうけど」
「何だったら、そのまま食べないで他のお菓子に加工して食べても美味しいわよ」
向こうで食べたタルト、美味しかったものと彼女は笑っている
なるほど、加工すれば甘さは多少ましに……いや、加工次第ではもっと甘くなるのでは……?
「加工……そういえば、家庭科部も今日は学校来てるやつらいたな。よし、頼みに行くか」
「え、部長。家庭科部と言う女子の園に突撃して頼みに行くの?勇気MAX?」
「いや、家庭科部の男女比は大体半々だ。問題ない。ついでに、家庭科部の取材ってことにすれば聞いてもらえるだろ。零羅ちゃん、スイートナッツもらっていくよ?」
「えぇ、どうぞ」
よし!と部長がスイートナッツの袋を持って部室を出ていく
取材なら、という事か。ついでに家庭科部で何かつまみ食いでもしてくるつもりなのか、他の面子もぞろぞろと出ていった
「あら、文雄君はいかないの?」
「今のうちに片づけときたい原稿あるから。それに、夢咲さん一人残すの悪い……というか、夢咲さんはみなについていかなくてよかったのかい」
ノートパソコンのキーボードをたたきながら問いに答えて、ついでに問い返す
えぇ、と適当な椅子に腰かけて彼女は頷いた
「今日は、ゆっくりしたいし」
「夏休み中、ほぼ仕事だったんだろう?お疲れさま。宿題とかは大丈夫?」
「ふふ、仕事の合間にちゃんとやったわ。きっちり見張ってくる人がいるとさぼれないもの」
おそらく、護衛の人がその辺きっちり見張っていたのだろう
彼女は生まれ自体そこそこいい家であるようだし、何より人気作家だ
ヴァーチャシティのような治安が死滅しているような国に行く時は、いや、そうじゃなくとも仕事の時はほぼ、護衛の人間がついている
仕事どころか、新聞部の面子と一緒に映画を見に行った時も、こっそりと護衛らしき人間がついているのを目撃した
……ある意味、常に見張られているようなものだろう。堅苦しいだろうに、彼女にとっては「当たり前」の事であるのか、その環境に慣れきっているようだった
こうやって学校にいる時はさすがに護衛の影はない。数少なく、護衛の目を気にすることのない時間が学校にいる間なのではないだろうか
「あ。そうだわ。ちょうどいいから……はい、これ」
何やら、彼女はほかにもおみやげ物が入った袋をガサゴソとし始めた
そうして取り出したのは、小さな紙袋。それを、こちらに手渡してきた
「俺に?」
「えぇ。文雄君個人へのお土産。文雄君には、色々お世話になってるもの」
「お世話に、って……大したこともしてないと思うけど」
「あら。あなたのおかげで、また一つ新しいネタが浮かんだんですもの。十二分にお世話になっているわ」
そんなものだろうか
新しいネタ、と言うのはこちらの取材を受けている間に「あ、閃いた」とか言っていたから、その事か。一体何を閃いたのか、教えてはくれなったが。また何か書くのだろう
……それはさておき、この紙袋だ
本当に受け取っていいのか問えば、もちろんと微笑まれる
それならば、と正直に受け取ることにした。友人の行為は素直に受け取るべきだろう
他の部員がいる前だったら、変にはやし立てられたに違いない。こうして他の連中がいない時に渡してくれたのはありがたい
開けてみれば、中に入っていたのはエメラルドを抱いた青い蠍のチャームがついた、ストラップ
「これは……」
「お守り、みたいなものね。ほら、文雄君、女性関係でろくな縁がない、って言ってたから」
「よく覚えてるね」
「覚えているわよ。かなりぐったりしながら愚痴っていたじゃない」
そうだっただろうか?
そうだったのかもしれない
「青い蠍は「色欲」の象徴。されど、それも見方を変えれば、素敵な恋を、愛を求めるという事。そしてエメラルドは愛の力が強い宝石よ。それ以外にも疲れた心を癒し、思考能力を高める効果があるとも言われているの。文雄君に、素敵な縁がありますように、と。取材やらなにやらで疲れ気味の心が休まりますように、って思って」
「そうか……ありがとう、夢咲さん」
きっと、そのおみやげ物がどういうものであったとしても
自分にとって、それは「特別」となりえたのだろう
自分と彼女の間には、間違っても色恋沙汰と呼べるような感情はなかった
それはただの男女間の友情でしかなく、だとしても特別な友情であったと……少なくとも、自分はそう感じていた
夢咲の家の人間として、作家として、「普通の女子高生」ではいられなかった彼女が、自分達新聞部にいる時だけは「普通の女子高生」でいられたならば、その場を自分達が提供することができていたならば……それが、幸せであり、妙な誇りのようなものを感じていたのは事実だった
彼女は「特別」な人間だったかもしれない
けれど、同時に「普通」の人間でもあったことは事実だ
彼女が「特別」足りえたのは、周囲の環境なり、周囲から持ち上げられたからであり……彼女自身が、若くして作家と言う道を歩むことを決めたからでもある
それでも、そうだとしても
彼女は「特別」な人間である以上に、ただ一人の「夢咲 零羅」という女性でもあった
だから
……だから
彼女が死んだ理由が、彼女が「特別」だったからなのか
彼女が「夢咲 零羅」だったからなのか
それとも、それすらも関係ない、ただただ偶発的なものだったのか
せめて
せめて、それだけでも知りたい
そして、もし、彼女が殺されたのだと、したら
そうなのだとしたら
せめて、俺にできる形で、彼女の仇討ちを成し遂げることは、許されるだろうか?