
忘れていたわけではなかったつもりだ。
ただいつもより少し戦いが長引いて。
その上、次元タクシーのドライバーからの……例のアナウンスもあって。
だから、その時までに一人になることができなかった。
その時。
きっかり1時間に一度訪れる、イバラシティの私の記憶がハザマにいる私に同期する時間。
1時間ごとにイバラシティに帰ってはこの場所に戻ってきているのか。
あるいは私という存在は向こうとこちらで完全に分かたれていて、記憶だけが一方的に同期させられているのか。
どちらでも構わない。どうだっていい。
記憶の同期はもう10回近く行われているけど、いつまで経っても慣れそうにない。
それどころか、むしろ嫌になっていく一方だ。
何も知らない向こうの私はまるで他人のようで……いや、いっそのこと他人ならどれほど良かっただろうか。
存在しない従妹の機嫌をとって、存在しないかもしれないセンパイの行動に一喜一憂して。
10日分の記憶は、最近はひどいめまいと吐き気を伴って私に流れ込んだ。
今日は特にひどい。
それはきっと、直前にされたあの話のせいだろう。
「──皆さんの形状に徐々に変化が現れます」
「──ナレハテ」
「──多くは最終的にはあのように」
あの通告が脳裏に焼き付いて消えない。それは、恐ろしいから──
──本当に、それだけ?
「……風凪?」
ビク、と肩が跳ねたのが自分でも分かった。
いつの間にか、心配の色を浮かべたセンパイが私の前に立っていた──そんなことにすら、声をかけられるまで気づかなかった。
「顔色……」
悪いぞ、と。
そう続けられた声には心配と、それから遠慮とか当惑とか、そんなものも含まれていた気がする。
きっと今の私はひどい顔をしているのだろうなと、他人事のようにそう思った。
……煩わしい。
いつも察し悪いくせに、私の不調なんかに気づかないで。
「……なんでもないです。大丈夫ですから」
顔を見ていられずに目を伏せる。
どんなにひどい嘘を言うときだって、いつもセンパイの目を真っ直ぐ見て言ってきたのに。
今、本当に必要な嘘を言うためにそれができなかった。
私はもっと器用で、要領がよくて。
センパイに対して生き方が下手ですねって笑う立場だったはずなのに。
今は何をするにもなんだかひどく不自由だった。
まるで真実を語るみたいに口をついてきた嘘も、踏み込むことを許さないための笑顔も、
やり方すら忘れてしまったように、うまくいかない。
センパイが、何かを言おうとした気がした。
その手がこちらに伸ばされたような気がした。
「……すみません、人と会う約束をしているので」
自分でも信じられないほど下手くそな言い訳を残して、私は異能を発動させた。
……こちらを向いていたセンパイの目線が対象を失って宙を彷徨う。
瓦礫を踏む私の足音さえも、今はセンパイには届いていないようだった。
本来、私の異能でこんな風に目の前から消えるような真似はできない。
視界に捉えられている内は機能しないはずだ。
──ハザマという場所において、私達の異能は強化される。
こんな異能が強化された所で何になるのだろうかと思っていたけど、今に限って言えば戦いに役立つ異能よりよほど私の助けになった。
こんなことをしても、ただ問題を先送りにするだけだと分かっていても。
×××
適当な廃墟に潜り込んで壁に体重を預ける。
めまいも吐き気も歩いている内にマシになっていたけど、ひどく身体が重くてそのままズルズルとへたり込んだ。
戻る時、なんて言い訳しよう……なんて、もう帰る時のことを考えている自分に気がついて膝を抱える。
一人になりたい。
すべてが終わるまで誰とも話さず、目を閉じ、耳をふさいでいたい。
一人でいたくない。
誰かの隣にいないと、私は私でいられない。
どちらも本当の気持ちで、だからどうすることもできなくて苦しかった。
私には、確かなものがもう何もない。
この身体も夢も記憶も家族も友人も。
何もかも、私の手からこぼれ落ちていった。
今は形あるように見えるものさえも、触れようと手を伸ばせば跡形もなく消えてしまうような気がした。
たまらなく空虚で、それでも張り続けてきた虚勢が、「風凪マナカはこういう人間だ」と定義した振る舞いが、私を私として繋ぎ止めていた。
誰かといて、「風凪マナカらしい」と思われるような振る舞いをしていると、その間は自分の輪郭に触れられるような気がして。
そんなハリボテだけが今の私に残されたものだった。
つまり私は。
センパイを利用しているんだ。
センパイを信じることさえできていないのに。
……ここに来てから本当に、自分の嫌な所が見えるばかりだ。
なんでこんな戦いに参加させられてしまっているんだろう。
今も何も知らずにイバラシティで暮らしている人たちが、心底羨ましかった。

[816 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[370 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[367 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[104 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[147 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
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白南海 「・・・・・・・・・」 |
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エディアン 「・・・・・・・・」 |
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
チャット画面にふたりの姿が映る。
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白南海 「・・・・・・・・・」 |
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エディアン 「・・・・・・・・」 |
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白南海 「・・・怖いだろうがよ。」 |
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エディアン 「・・・勘弁してくれませんか。」 |
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白南海 「ナレハテってあの!アレだろォッ!!?ドッロドロしてんじゃねーっすか!! なんすかあれキッモいのッ!!うげぇぇぇぇうげえええぇぇぇ!!!!!!」 |
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エディアン 「私だって嫌ですよあんなの・・・・・ ・・・え、案内役って影響力どういう扱いに・・・??私達は関係ないですよね・・・????」 |
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白南海 「あんたアンジニティならそーゆーの平気じゃねーんすか? 何かアンジニティってそういう、変な、キモいの多いんじゃ?」 |
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エディアン 「こんな麗しき乙女を前に、ド偏見を撒き散らさないでくれます? 貴方こそ、アレな業界の人間なら似たようなの見慣れてるでしょうに。」 |
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白南海 「あいにくウチはキレイなお仕事しかしてないもんで。えぇ、本当にキレイなもんで。」 |
ドライバーさんから伝えられた内容に動揺している様子のふたり。
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白南海 「・・・っつーか、あれ本当にドライバーのオヤジっすか?何か雰囲気違くねぇ・・・??」 |
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エディアン 「まぁ別の何か、でしょうね。 雰囲気も言ってることも別人みたいでしたし。普通に、スワップ発動者さん?・・・うーん。」 |
ザザッ――
チャットに雑音が混じる・・・
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エディアン 「・・・・・?なんでしょう、何か変な雑音が。」 |
ザザッ――
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白南海 「ただの故障じゃねーっすか。」 |
ザザッ――
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声 「――・・・レーション、ヒノデコーポレーション。 襲撃に・・・・・・・・いる・・・ 大量・・・・・こ・・・・・・死体・・・・・・ゾ・・・・・・」 |
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声 「・・・・・ゾンビだッ!!!!助け――」 |
ザザッ――
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白南海 「・・・・・・・・・」 |
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エディアン 「・・・・・・・・・」 |
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白南海 「ホラーはぁぁ――ッ!!!!
やぁぁめろォォ―――ッ!!!!」 |
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エディアン 「勘弁してください勘弁してくださいマジ勘弁してください。 ホラーはプレイしないんですコメ付き実況でしか見れないんですやめてください。」 |
チャットが閉じられる――