
ケネス君は夢咲 零羅さんの小説が好きだ、と言っていた。
話を聞いていると、その人本人とも会ったことがあるようで。
……零羅さんの事を話している時のケネス君は、本当に嬉しそうで、楽しそうで。
きっと、ケネス君にとって、零羅さんとの思い出は、とても温かくて、優しいものなのだと思う。
夢咲 零羅さんの作品は、俺も三番目の兄さんに薦められていくつか読んだことがある。
兄さんは(俺はクナープが書く話のほうが好きだが、と前置きした上で)、零羅さんのお話は面白いと言って薦めてくれたのだ。
実際、読んでいて引き込まれたし、俺が最初に読んだその作品は、12歳の時に発表した物だと聞いたから驚いた。
そして、兄さんは「秘密だぞ」と言って、教えてくれた……その話が発表されたのは12歳の時だが、実際はもっと早い段階、夢咲 零羅さんが6,7歳くらいの頃に書かれた話なのだ、と。
どうして知っているのかと聞いたら「発表前の原稿を読んだことがある」と言っていた。
なんでも、「先生」が原稿のコピーを持っていて、興味があるなら、と兄さんに読ませてくれた物らしい。
つまり、「先生」は、夢咲 零羅さんと知り合いだったのだろう。
そう考えると、ケネス君と零羅さんが知り合いでも、なんら不思議はない。
……だから、ちょっと心配だ。
夢咲 零羅さんは昨年、亡くなったと聞いているから。
それが、ケネス君にとって、心の傷になっていなければいいのだけれど………
夢咲 零羅。
その作家に関わる「仕事」を、何度か依頼された事はある。
だが、その「仕事」を受けたことは一度もない。
何故だろうか、その女に関わる「仕事」を受ける事は、酷く危険なように思えたせいだ。
確信したのは、ヴィットリオが彼女に関する事を口にした時から。
……あの家の関係者、と言うか、「あの男」の関係者に関わる等、ろくなことがないに決まっている。
あの時、仕事を受けなかったのは正解だった、と言うことだ。
今でも、時折彼女絡みの「仕事」の依頼が来る。
死んでなお、彼女に関する情報を求める連中はいる、と言う事か。
どの分野でも、あるラインより有名になってしまうと面倒な事だ。
実のところ、グリムワールは「黒の騎士」としてはちょっと特殊な立場だった。
護衛の仕事を任せられる事が多かったのだ。それも、コンソラータ家の人間ではない者の。
当主様が了承していた事で、しかも「地下室に封印されているモノ」に多少関わる、となったら。任せられるのは特殊な立場の者になるだろう。
グリムワールは、そういう立場だったわけだ。
その護衛の仕事をアーキナイトから言いつけられる時、グリムワールは文句を言いながらも、少し楽しそうだった。
アーキナイトの方は「いつも苦労をかける」なんて申し訳無さそうに言って。それに対して「まったくだよ」とか言いながらも、どこか嬉しそうだったのだ。
護衛すべき対象は、彼にとっても特別な存在だった事はたしかだ。
当人が、それを認めるかどうかはまた別なのだが。
夢咲 零羅。
「地下室に封印されているモノ」と、彼女は関わりがあった。
忌まわしい「呪い」に、きっと彼女は最期まで苦しめられたのだろう。
彼女の死後、死んだ後の事が何もかも完璧に用意されていた事から、彼女は自分がいつ死んでもいいように準備を進めていたことは明白だった。
………それでも。
彼女は、グリムワールがあそこまで苦しむ事は、予想できていたのだろうか。
ケネス君があそこまで悲しむ事は、予想できていたのだろうか。
アーキナイトですら、酷く表情を歪めた事を、予想できていたのだろうか。
残された「傷跡」は、そう簡単には消えない。
それを消すことは、死者にはできない。
生きる者が、なんとかしていくしか、ないのだろう。
そう言えば。
もしも、俺が聞いた噂が本当だったなら。
グリムワールとケネス君は、今頃「兄弟」と言う事になっていたのだろうか?

[787 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[347 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[301 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[75 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
画面の情報が揺らぎ消えたかと思うと突然チャットが開かれ、
時計台の前にいるドライバーさんが映し出された。
ドライバーさん
次元タクシーの運転手。
イメージされる「タクシー運転手」を合わせて整えたような容姿。初老くらいに見える。
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ドライバーさん 「・・・こんにちは皆さん。ハザマでの暮らしは充実していますか?」 |
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ドライバーさん 「私も今回の試合には大変愉しませていただいております。 こうして様子を見に来るくらいに・・・ですね。ありがとうございます。」 |
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ドライバーさん 「さて、皆さんに今後についてお伝えすることがございまして。 あとで驚かれてもと思い、参りました。」 |
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ドライバーさん 「まず、影響力の低い方々に向けて。 影響力が低い状態が続きますと、皆さんの形状に徐々に変化が現れます。」 |
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ドライバーさん 「ナレハテ――最初に皆さんが戦った相手ですね。 多くは最終的にはあのように、または別の形に変化する者もいるでしょう。」 |
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ドライバーさん 「そして試合に関しまして。 ある条件を満たすことで、決闘を避ける手段が一斉に失われます。避けている皆さんは、ご注意を。」 |
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ドライバーさん 「手短に、用件だけで申し訳ありませんが。皆さんに幸あらんことを――」 |
チャットが閉じられる――