
「最初はただ、命令されたからというだけでした」
独白。
これは密かに遺され、そして人知れず消された記録。
武岩 伊月が遺そうとして、遺せなかったもの。
「怖いな、と思いました。無口で厳つくて、いつも機嫌が悪そうで。
目付きも悪いし、何考えてるかわからなかったし……化け物だし。
それは私もそうなのだけれど、ね。
あの頃はまだ、私は色々と受け止めきれてなかったから」
「私はね、薬餌だったの。
薬餌って、知ってる? 病人にとっての、薬と食物。
その頃ね、ひどく体調を崩してたの、あの人。
だから、私が改造されて……」
言葉に詰まり、困ったように笑う。
「私は……シェオルフォレスト。
XYZ幹部、グラフトバベルのパートナー。
私も、XYZの構成員の一人。
XYZに、人生を滅茶苦茶にされた人の、一人」
「あの人、怖かったし……ぼろぼろにされちゃった。文字通り、ね。
でも、私はもうそんなことでは死ねない身体になってた
あの御方が、そういう風に、私を作り替えたから」
「あっ、でもね、お世話して一緒に居るうちになんか好きになっちゃって。
あれでけっこうかわいいとこあるんだけど、このかわいいとことか
私しか知らないんだなーーって思うとなんかねぇ、優越感すごくて」
スイッチが入ってしまい延々と惚気る伊月。
10年ほど前から武岩家にその姿は無い。
それは後に“大戦”と呼ばれるAAAとXYZの決戦の末期だった。
伊月は娘を連れてXYZの所有する隠れ家のひとつに身を潜めていた。
戦いから離れてなんとかやり過ごせる……はずだった。
近くに逃げてきた手負いの怪人と、それを追ってきたヒーローが交戦。
必死に抵抗を続ける怪人とそれを制圧しようとするヒーロー達。
戦いは長引き、功を焦ったヒーローが大技で一気に終わらせようとしてしまった。
怪人達は倒されたものの、その一撃が建物の一部と機能を破壊し、引火、爆発。
人々を助けるはずの彼らの破壊力の高さが惨劇を導いてしまった。
広がった業火は一帯を等しく焼き尽くした。
そこに居た者たちも、なにもかも、全て。
ただ一人、武岩 冴珀を除いて。
その身と異能の全てを以て娘を炎と破壊から守り抜き
シェオルフォレスト…武岩 伊月は、焼失した。
「冴珀。これを見ているあなたは、いくつになってるかな。
お父さんと、上手くやれてる? バラは元気に咲いてるかな?」
にこやかに微笑む伊月。
息をつき、背を正す。
「これから、大きな戦いがはじまります。とても大きな戦いです。
私も、お父さんもどうなるか……わかりません。
けれど、あなたは守ります。あなただけは、私が。
お父さんともそう…約束しました」
「これを見ている、ということはお父さんたちのことを知った後だと思います。
…恨んでる、かな。どうかな。普通がよかったかな。
ごめんね。でも、愛しています。
私達の娘として生まれてきてくれて、ありがとう」
「どうか、元気に健やかに育っていてください。
私の望みは、それだけ。
出来れば、私もそこで見ていられるといいのだけれど…」
・・・・・
・・・
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[787 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[347 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[301 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[75 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
画面の情報が揺らぎ消えたかと思うと突然チャットが開かれ、
時計台の前にいるドライバーさんが映し出された。
ドライバーさん
次元タクシーの運転手。
イメージされる「タクシー運転手」を合わせて整えたような容姿。初老くらいに見える。
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ドライバーさん 「・・・こんにちは皆さん。ハザマでの暮らしは充実していますか?」 |
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ドライバーさん 「私も今回の試合には大変愉しませていただいております。 こうして様子を見に来るくらいに・・・ですね。ありがとうございます。」 |
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ドライバーさん 「さて、皆さんに今後についてお伝えすることがございまして。 あとで驚かれてもと思い、参りました。」 |
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ドライバーさん 「まず、影響力の低い方々に向けて。 影響力が低い状態が続きますと、皆さんの形状に徐々に変化が現れます。」 |
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ドライバーさん 「ナレハテ――最初に皆さんが戦った相手ですね。 多くは最終的にはあのように、または別の形に変化する者もいるでしょう。」 |
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ドライバーさん 「そして試合に関しまして。 ある条件を満たすことで、決闘を避ける手段が一斉に失われます。避けている皆さんは、ご注意を。」 |
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ドライバーさん 「手短に、用件だけで申し訳ありませんが。皆さんに幸あらんことを――」 |
チャットが閉じられる――