親愛なるワトソンへ
全然久しくない。十日前後で次の手紙を書いたのは初めてか。
まあ今までなんとなく二十日だったってだけで、習慣を早めるのは別にいいだろう。
しかしここまでくると俺って結構筆マメだったんじゃないかって
認識を改めてもいい頃合いかもな。だってこんなに手紙が続くんだから。
日記の類は苦手じゃなかったのか、菱形世論。そう自分に問いかけたくなる。
ハローワトソン。調子はどうだ。最近暑くなってきたけどバテんなよ。
そろそろ運動会が始まる。学校ってのは多種多様な奴が集まるけど
イバラシティの連中はみんな活発で、こういった行事への参加のお声がかかるのは
正直助かる。イバラシティに来る前じゃ地域行事なんて積極的に関わろうなんて
しなかったから。思ってもみなかった。
友達と遊びに行くことも多くなってきた。娯楽を知った。
人生における無駄としていたことを、知らなかった、知ろうともしなかったことを。
知る機会を得た。
お前は人間味が稀薄だよって言ったのは誰だったっけ。先生かな。先生だな。
絶対言うあの人なら。今ではその言葉の意味もなんとなく分かる。
確かにここに来るまでの俺は先生から見てとても奇特で奇異でよくわからない人間だった。
じゃあ、以前までの俺が嫌いかって言われると。それがまたそうでもないのだけれど。
上手く書き表せられないな。こういう時皆ならなんて表すんだろう。
今はまだ俺の持ちうる言葉ではしっくりくるものがない。
きっとあとでいい表現を覚えてくるから、待っていてくれワトソン。
偉人の言葉の引用でもなく、誌的表現でもなく。抽象であやふやでもなく。
文学者だってあっと驚くような一文を探し当てる。必ずな。
それじゃあまた、気が向いたらお前に手紙を書こう。
2020/05/20 菱形世論より
PS.よく考えたらお前熱帯出身なんだからバテないわ。夏はお前の季節だったな。
カチャカチャと適当に指の動かすままにチャンネルを回していく。
ぱちぱちと信号を受け取って切り替わるテレビ枠の向こう側では
知らない誰かと知ってる誰かが笑みを浮かべてくだらない話で笑っていた。
楽し気なバラエティー番組も、色彩にあふれた世界も。
以前まで馴染みのなかったものだ。
随分と急速にこういったものに触れる機会が多くなったと思う。
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菱形世論 「……やっぱりここに来てよかったよ、先生」 |
送り出してくれた恩師に、勧めてくれた恩師にそう呟く。
まずは生き方でも学んで来い、なんて。突拍子もない提案だと思っていたけれど。
こうして今の生活を気に入っている身からすれば、先生はこうなることを予見して
あの日の己にそう言ったのかもしれない。先見の明って奴だ。先生には慧眼がある。
テレビを消した。リモコンをテーブルに置く。
ベッドに入って明日の事をぼんやりと思った。それから。
それから。
瞬きのあとに見た世界は異質だった。
目を開ける。
ハザマ。二つ目のチェックポイント前に転移していた。
そろそろ戦闘が始まるのだろう、皆は既に構えている。
ついに十日周期になった。二十日から換算して二分の一。
いよいよこの街を奪い合う戦争も勢いを増している。最初にナレハテとの戦闘を終えてから
既に数時間は経っていた。此処から先は激化の一途なのだろう。
ロストの存在も示唆されている。やるべきことをやるだけだ。
先生に行ってこいと言われて来たこの街でこんなことが起きているなんて
先生が知ったらビックリするかもしれないな。
そんなつもりじゃなかった、戦争なんて知らねえよって慌てる先生を
思い浮かべてみたら少しだけ笑えた。わたわたと慌てる先生なんて目図たしい。
もしここで起きたすべての記憶を現実に持っていけたのなら。
そん時は先生に渾身の一発でもお見舞いしてやろう。
甘んじて受けてくれるだろ、先生なら。
2020年05月某日――探索継続中。

[787 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[347 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[301 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[75 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
画面の情報が揺らぎ消えたかと思うと突然チャットが開かれ、
時計台の前にいるドライバーさんが映し出された。
ドライバーさん
次元タクシーの運転手。
イメージされる「タクシー運転手」を合わせて整えたような容姿。初老くらいに見える。
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ドライバーさん 「・・・こんにちは皆さん。ハザマでの暮らしは充実していますか?」 |
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ドライバーさん 「私も今回の試合には大変愉しませていただいております。 こうして様子を見に来るくらいに・・・ですね。ありがとうございます。」 |
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ドライバーさん 「さて、皆さんに今後についてお伝えすることがございまして。 あとで驚かれてもと思い、参りました。」 |
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ドライバーさん 「まず、影響力の低い方々に向けて。 影響力が低い状態が続きますと、皆さんの形状に徐々に変化が現れます。」 |
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ドライバーさん 「ナレハテ――最初に皆さんが戦った相手ですね。 多くは最終的にはあのように、または別の形に変化する者もいるでしょう。」 |
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ドライバーさん 「そして試合に関しまして。 ある条件を満たすことで、決闘を避ける手段が一斉に失われます。避けている皆さんは、ご注意を。」 |
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ドライバーさん 「手短に、用件だけで申し訳ありませんが。皆さんに幸あらんことを――」 |
チャットが閉じられる――