
場所はハザマ。白い空の下、砂けむり立つ礫の大地。
メガネの青年はハザマの荒野にて、テレビを前の椅子に座っていた。
テレビには古めかしいDVDプレイヤーがつながっており、しゅんかんさんがうきうきとDVDをセットしてボタンを押していた。しゅんかんさんはすぐに青年の隣まで後ずさり、正座してモニターに向き並ぶ。
青年としゅんかんさんは並んでDVDを視聴しようという趣向なのだろう。
青年は無表情で画面を眺めていた。
----- (映像始め) -----
(真っ黒な画面に人影が浮かび上がり、何かしらの拳法の解説が始まったようだった)
(ドンドコドンドコ・・・太鼓の音も聞こえてきた・・・)
怨霊拳!
それは!
冥府の怨霊と、現生を生きる人間の力を合わせる、
限りなく古く、そして、全く新しい格闘技!
(画面には1人の男が立っており、朧なもやのような怨霊を背中に背負っていた)
それは! 怨霊の想いと怨霊を慰撫しようとする人間の想いによって振るわれる拳なのであーる!
(男は怨霊の悲劇的な生前の生き様に思いを馳せ、涙を流す・・・)
怨霊たちのこの世に残した切ない想いと! 御霊を慰撫しようする人間の熱い想いが重なる時、奇跡は起こる!
(背後のもやは燃え上がって炎となり、男の目にも炎が宿る!)
(男は炎をまとった拳を振るう!(しゅわーんという効果音))
そして、今ここに、怨霊拳の新たなる継承者が現れた!
それは、
あなただ! あなたにだけ教えよう! 怨霊拳の極意を・・・!
ドンドコドンドコ・・・!(太鼓の音)
うぉおおおおおおおおおおおお!!!!(雄叫び)
(ガッツポーズをする男と怨霊)
----- (映像終わり) -----
画面はそこで再び暗転した。青年は無表情で黒くなった画面を見つめたままだった。
しゅんかんさんが青年に喜色満面な笑みを向ける。
「どうじゃった?」
「・・・どうって?」
青年は無表情のまま視線だけしゅんかんさんに向けた。
「かっこよかろ? 怨霊拳」
しゅんかんさんは自信満々に青年に問いかけた。DVDは冥府殿で作った怨霊拳のプロモーションビデオなのだそうだ。そなたは怨霊拳の継承者としてこれから修行してもらうんじゃよ!と力ある言葉を続けていた。
青年はうーむと唸り始めた。
「よく、わからない・・・」
しゅんかんさんは眉をよせて首を傾げた。
「なにが、わからんのじゃ?」
青年は遠い目をしていた。
「怨霊ってそもそも何なんだよ?」
「そして、その怨霊とやらと、怨霊拳の人間とは、どんな関係にあるんだ?」
しゅんかんさんはまたまた?と口をすぼめた。
「怨霊とは、生前にひどい目にあってこの世に恨みをもち、この世にたたりをもたらす、悪霊であり、祟りに説得力を持つエピソードを持つものをいう!」
日本人なら知っていて当然、とのことであった。
しゅんかんさんの語り口調は朗々として格調高いものがあった。
「説得力のあるエピソード? 例えば?」
「日本の歴史だと、新田義貞殿、木曾義仲殿、石田三成殿じゃな・・・!」
「・・・」
「日本人ならみんな知ってる悲劇の主人公たち! その悲劇に涙して何とかしたいと思う者たちは、世界に、この現代の世にも数多おる!」
「へぇ・・・」
「無論、このしゅんかんそうずも、著名な悲劇的エピソードを持つ怨霊の1柱なのじゃ」
「・・・知らない」
「そして、その悲劇的な運命を、怨霊たちの悲憤を、何らかの形で慰撫しようと活動する者、その振るわれる拳、それが怨霊拳なのじゃ!」
「ふ〜ん・・・」
青年には列挙された人物がどのような人生の終焉を迎えたか、よくわからなかったが、共通点は「敗北者」なのではないか?と想像できた。石田三成は関ヶ原の合戦で敗れている。そこからの類推ではあるが。
しゅんかんさんは目を閉じて、誇らしい調子で語り始めた。
「例えば、木曾義仲殿とその側近たち怨霊団を呼び出す怨霊拳の使い手は、義仲殿の人生に思いを馳せ、敗れ去ったその悲劇の人生を栄光の光で彩るために、日々日夜活動しておる!」
「例えば・・・?」
「ある者は木曽殿の大河ドラマの誘致を行ったり、木曽殿まんじゅうを売り出したり、大姫本を出したり・・・じゃ!」
なるほど、と青年は頷いた。歴史ファンみたいなものなのか。怨霊の敗北を、何らかの形で報いたい、と思うのが怨霊拳の継承者なのだろう。怨霊たちの心を慰める、あるいは、この世に復讐する、色々な形はあれど。青年はそのように理解した。しかし、青年は遠い目をしていた。何の感情も宿らない、虚しい虚ろな瞳だった。
「・・・残念だったな・・・」
しゅんかんさんはえ?ときょとんとした。
「俺は、学校の授業でも、歴史は苦手だった。歴史の本にも興味がなかった。当然、しゅんかんそうずなんて、知らない。石田三成は知ってるが、木曽なんとかとか、新田さんが、いつどこで何やったかなんて、わかんないよ・・・」
しゅんかんさんは意外そうに口をパックリ開けた。
「過去の人間に感情移入できないよ。申し訳ないけど・・・」
しゅんかんさんは渋い顔でううむと唸った。悔しそうに口元を歪めていた。
「ぬぅ・・・これが現代の若者の怨霊離れというやつか・・・俊寛僧都といえば、歌舞伎や浄瑠璃で有名な題材で、江戸っ子たちはそりゃあ我輩の生き様に涙してくれたんじゃがなあ・・・」
しゅんかんさんは嘆息し、がっくりと肩を落とした。
しかし、ハザマに風が吹いて、吹かれた小石がテレビ台にぶつかって乾いた音を立てていた。
ざく、ざく、ざく・・・
風と共に礫を踏みしめる足音が聞こえてきた。青年が足音のするほうに視線を向けると、黒いスーツに身を包んだミセス・パトラが立っていた。
「あなたは・・・歴史的な人物に何の思いもない・・・確かにそうでしょうね・・・」
ハザマに姿を現したということは、ミセス・パトラもまた異界の住人に違いない。青年は直感的にそう理解した。クレオパトラというからには、エジプトの女王様の成れの果てなのか、そのコピー品なのか、その辺の存在なのかもしれない。こちらはかなりの有名人だな、とも。
「しかし、この世・・・あるいは誰かに対する恨み、憤り、嘆き、悲しみ・・・そういう思いは、たっぷりお持ちのはずよ・・・」
ミセス・パトラは胸下で腕を組み、楽しげな視線をしゅんかんさんに向けていた。しゅんかんさんは、ああ、そうであろうな、うんうんと頷いていた。ミセス・パトラは艶やかな視線を青年に向けた。
「そうでしょう?」
椅子に座った青年の虚しい瞳が疑問の光が灯ったが、すぐに瞳から光(ハイライト)は失われた。
「わからない・・・」
青年はハザマの白い空を見上げた。雲に覆われてのっぺりとした空だった。青年のすり減ってしまった心のようにのっぺりとしていた。
「でも、あなたはイバラシティへの侵略に力を貸してくださるのよね?」
青年は何かを考え込んでいたが、頷いていた。瞳は虚ろなままではあった。
「ああ、イバラシティへの侵略には手を貸す。俺のプロジェクトを炎上から救うという条件でな・・・」
ミセス・パトラは笑みをしゅんかんさんに向けていた。まるで、この青年には使い道はありますよ、と言うかのように。青年の様子を眺めていたしゅんかんさんも元気を取り戻していた。力ある笑みを浮かべて拳を握りしめていた。
「わかりましたぞ。このしゅんかん、そなたにぴったりな怨霊を連れてまいりましょう!」
「いや、俺は歴史は苦手なんだよ・・・」
ざくざくと黒スーツのミセス・パトラは砂の上を歩く。俊寛僧都の近くまで歩み寄った。
「怨霊にこだわることはないわ。悪魔とか妖怪とか、色々選択肢はあるはずよ。ともあれ、私たちは、あなたの怒りや絶望を力に変える方法を、ご提案いたしますわ・・・!」
ミセス・パトラはニコニコした笑みを浮かべていた。ふぅんと青年は息を吐いていた。ミセス・パトラは死者ではあるのだが、どうも振る舞いが(漫画で読んだ)悪魔じみているな、と。
青年の脳みその中で繋がるイメージがあった。このイバラシティの侵略の企てに、様々な業界から有象無象が群がっているように感じられた。政府のプロジェクトに様々な企業が入札したり、共同でプロジェクトを進行させたりするのだ。それと同じように。亡者や死者たちが、妖怪や悪魔たちが、イバラシティを侵略の果てに町の住人となってなり変われるようにと、集まってきている。青年は嘆息した。浮世(うきよ)も幽世(かくりよ)も仕組みは変わらないものだな、と。
異界の有様を眺めやる目を持つ者は見ただろう。イバラシティに異界から集まる異形たちの影を。死者たちが、亡者が、怨霊が、死霊が、悪魔が、消えた古代民族が。帰還と、復活と、再建を求めて・・・
そして、青年は眼前の白い空にまばゆい光る球体を見つけた。
「・・・あれは何だ?」
ハザマの空に赤と青と紫の光体が出現していたのだった。光はまるで青年たちの進軍を阻むかのようにまばゆく輝いていた。しゅんかんさんは額に手をあてて遠目を見つめ、ミセス・パトラは涼しげな顔をつぶやいた。
「ああ、あれは私たちの敵ですよ?」
「敵・・・」
「ま、いわゆる、
正義の味方、というやつですね・・・」
生者を守るためのヒーローたち、才能あふれる超能力者、天使や護持善神の加護を受けた者たちなのだという。イバラシティへの侵略が闇の住人を集めているのであれば、同時に、それを阻み町の市民の平和な暮らしを守るための光の勢力もまた集まってくる。光あればまた闇もあり、それがこの宇宙の法則なのだという。
青年は呆然と光体を見つめていた。自分はあちら側ではなく、このくすんだ黒の側にいるのだとことの意味をかみしめているかのようだった。