ぼくは幸せ者だ。
……なんでこんなにダメなんだろうとか、そんな想いや事実はあるけれど、それは自業自得というもので。
そんなぼくでも大切だと言ってくれる人がいて、守ってくれる人がいて。
学校に行って宿題さえちゃんとやってれば、あとは遊べる自由もあって。
だからそれこそ“死んだほうがマシだ”なんて一度も思ったことはない。
自分のことは嫌いだけど、周りの皆のことは大好きだから。
だから、生きてるのは素晴らしいことだってはっきりといえる。
――そう、死んだほうがいいと思うほどのつらい現実も。
死んだほうがいいなんて思う心も。
ぼくにはなかったのだから……仕方ない、と言っていいはずなんだ。
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閑散とした街路に、敷き詰められたイチョウの葉をくしゃりくしゃりと踏みしめて歩く小さな影が二つ。
「さすがにそれくらい、一人でできるのですよぉ。」
冷え込みはじめた空気が冬の訪れを予感させる頃。
白い息を吐き出しながらそんな不満を溢しているのは、背丈の小さな緑髪の男の子だ。
どちらかといえば可愛らしいと形容する方が正しいであろう中性的……よりは女性的な容姿の少年は、それでも男らしくあろうと意気込み――見栄を張っているという方が正しいだろうか。
「ぼくももう中学生ですよ?
牛乳と乳飲料の違いはばっちりですし……お釣りの計算だってできるので自分が使っていい分もちゃんと把握してるのです!」
「そういうことじゃなくて……や、そこも心配だけどね?
悪い人に攫われたりとかしないようにってことだよ。
二人の方が安全でしょ?」
それに笑顔で答えているのは、少年とそっくりな容姿の――それでも長い髪からして女の子とははっきりと分かる――少女だ。
子ども二人だけで出歩くこと自体が危ないと言えば危ないのだが、両親が二人でも大丈夫だろうと送り出せるほどには少女は信頼されていた。
しっかりものであることと、異能が安全に役立つものであることもあり、たしかに不審者から逃げ助けを求めることは問題なくできるはずで。
そんなしっかりものの少女は、未だ不満を漏らす少年を窘めるようにして、繋いでいる手をゆらゆらと揺らしている。
「それはそうなのですけど……むぅ、ぼくだってちゃんとできるってところを見せたかったのですが……。」
「それはまた今度ね!
わざわざそんな風に見せようとしなくたって、ちゃんと成長してるんだってお姉ちゃんは知ってるんだから!
……それに、一番の理由は私も一緒に行きたかったから、なんだよ。
ね、いいでしょ?」
「それは……うん、分かったのですよ。
ぼくもお姉ちゃんと一緒なのは嬉しいので!」
簡単に機嫌を直した少年は、繋いでいた手に身体を寄せるようにしてすぐ近くを歩く。
この距離感こそが二人の普段であり、見栄を張る必要の無くなった今、ぽかぽかぬくもりを感じられるこの位置が心地よいものなのだ。
――二人は双子の姉弟であり、共に春に中学一年生になったばかり。
髪の長さこそ違えど、後は瓜二つといってよいほどそっくりであり所謂『異性一卵性双生児』というものである。
とても仲良く何をするにもいつも一緒の二人なのだが……かたや『しっかりもののお姉ちゃん』、かたや『気弱で要領の悪い弟』
関係性は基本的に守り守られ頼り頼られの一方的なものである。
弟の方がそれを情けなくも感じているからこそ、中学に上がってからは『自立』を試みているのだ。
もっとも、褒めてもらいたいだけであり、大好きな姉と距離を置くつもりはまったくないのだが。
とにかく姉に頼られて尊敬されたい、というのも男の子心というものだろう。
「ちゃんとおつかい出来たら、帰りに寄り道してこっか。
余った分はスーパーで使わないといけないわけじゃないでしょ?」
「なるほど、それもそうなのですねっ!
それでは本屋によりたいのですよっ」
少女の提案に感心したように頷いた後、さっそく脳内でお金の計算を始める。。
本屋には少年の好きな漫画やアイドル系の雑誌があって、お小遣いと合わせて買いたいものもあるのだ。
「いいよ。それじゃ帰りは本屋にれっつごーだねっ
ただし、ちゃんとおつかい出来たらだからね?」
ピッと立った人差し指は、窘めるように少年の顔の前に。
「もちろんなのですよっ
おつかいぐらいお茶の子さいさいというやつです!」
そんな風に張り切る少年だが、既に頭の中ではどの本を買おうかとかばかり。
姉も弟のそういうところはよく分かっているので、内心でやっぱり…。と思いつつも微笑ましく弟の動向を見守っている。
さて、そんなこんなで歩いていくうちに少しずつ道行く人の姿も多くなっていく。
人の少ない地方の中での、様々なお店の密集する地域。田舎なりに人の行きかいが多くなるその場所に、二人が目的とするスーパーマーケットはあった。
少年が行きたいという本屋も道を挟んで反対側ではあるが近くにあり、どちらも何度も行ったことがある場所である。
「寒いですし、早く建物の中に入りたいですねぇ。」
視界の中に目的地を収めた頃、少年はそんなことを呟いて―――その時だった。
あまりにも突然に、その瞬間は訪れて。
耳をつんざくようなブレーキ音。固い何かの衝突音。何かが滑り削れるような轟音。
普段聞くことのない異音が立て続けに、平穏な空気を引き裂くようにして響き渡る。
驚き身を竦めた二人が音の方へ顔を向けた、すぐ目の前に。
歩道を歩いてたはずの二人のすぐ目の前に、大きなトラックが迫っていて――
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それは不運としかいいようがない出来事で。
たまたまイチョウの葉が溜まっていた場所を走行した自転車が、滑って車線中央に飛び出してしまい。
その自転車を避けようとした自動車が、反対車線に飛び出して。
反対車線から向かってきていたとトラックと衝突し、トラックは進路を変え歩道へ横転して。
結果としてたまたまそこにいた子供二人が、巻き込まれることとなってしまって。
――そんなどうしようもない不運の中で、トラックと衝突までした上で、それでも二人は辛うじて生を拾うことができていた。
それはきっと、二人が『幸運』だったから、なのだろう。