
http://lisge.com/ib/k/5/r128.html
より。
006.「real pain」――あるいは、実在の証明と虚像について
オレがカメラを握る理由?
そう聞かれた時、オレは今まで鼻で笑ってきた。
だって、それに理由はなかった。ただ、カメラを握っていない状態が欠損のような物。あるはずのものがただあるだけ。
それが、自然の形。それに意味はなく、その答えにも意味はない。
だから、その質問へオレは鼻で笑ってきたのだ。
あぁ、そうだ。
──そう。此処に来るまでは。
無意味だからこそ意味のあった物。
答えがないから故、ピタリと符合していた物。
それにもし、意味があったとしたなら、あの時のオレに対して、オレは。
意味を付随させてしまうのだろうか。
日常の風景に潜んだ物を、大事なガラクタへ変えてしまうのだろうか。
――二年前。イバラシティ外、片田舎の中学校の卒業式にて。
「……ったく。どこだよあいつ」
学ランを来た少年は、誰かを探す様に──そしてその様子に違いなく、間違いなく誰かを探して──歩ていた。
機嫌良く、それは単純な意味だ。普段と相違ある日々に、物珍しげな好奇心。それだけの事で、少しだけ気分が高揚する。
そして、それを隠すことはない。大人びた事もなく、そしてその奥で何かを思想していることは隠しながら。
何処かアンバランスさが、バランス足り得ている。それが小野木瞬という少年だった。
そんな日だけど、或いはそんな日だから。つるむ相手は普段通りを選択する。
つまり、幼馴染の一条燈大、その人だ。
「こんな日にさぼってんじゃねえだろうなあいつ」
それはない、と分かる口調で軽く笑った少年は、桜を目にとめた。ファインダー越しに見えるそれにどうしてだか目を細め、シャッターを切ることをしなかった。
まるで、それを覗く行為だけに意味があるとでも言わんばかりに。
ファインダー越しに遠い影を探す。散歩してるかのように。鼻歌混じりに。
だから、誰もいなくなったはずの教室にその姿を見つけたのは、きっと偶然だ。
2人の姿。視界内の物を平等に関心を向け、平等に暖める。平等に、関係する。
瑞沢愛里奈と──探し人の一条燈大。
その光景が酷く面白い物に感じた。
歩き出す、歩き出す。歩き出して、そして。
「瞬君に、渡してくれたかな」
「…………、ああ、」
迎えにでも着たつもりだった。
茶化して、揶揄って、そして真面目に、言説でも言ってやろうかと。
立ち止まってしまった。否応なく、声だけが聞こえる場所に。
音を立てずに、少しだけ。
「多分、渡したと思います」
「ありがとう、一条君。
その後の言葉を聞く前に、少年は背を翻す。僅かとでも言うべきか、少年は僅かに聡い。
その会話の内容の意味を思想し、その答えを出そうとし、そして出してしまった。
だから
“瑞沢愛里奈”に、見つからないように、少年はその場を後にしたのだ。
その手紙の内容を、オレは知らない。
それを、受け取っていたとして。
結末はきっと変わらなかった。瞬という少年にとって、“ そういうの”は違ったからだ。
何が違うか分からない。ただ、それは欲しがったものではない事は確かで。
この話の論点は、そんなところじゃないからだ。
オレは。あいつがしたことを、きっと正しい事だろうと信じた。
何か、意味がある事なのだろうと、信じた。
悪いようにはならないのだと、信じた。
オレは、あいつに正しさを担保した。
オレが、信じたいように、信じて。
オレは、あいつを信じてるという事柄に、そんな意味を付随させてしまった。
それに、形を与えてしまった。
「トータ、カラオケ行こうぜ~。卒業式、卒業生だけでやりゃいいんじゃね」
「……だりーしな。……瞬のおごりなら行く」
「ええ!? えー……。じゃあいい。ゲームでもしようぜ」
「なんか新しいの買ったって言ってたよな。それで」
二人には何の変化もなく、まるでいつも通りの様にゲームをしていた。
待ち合わせ場所に──だって、その少年は知ることもなかったのだから、誰もやってこない。
思い出を持つことを拒否した。誰かにその意味を背負わせて。
「信じたいことだけを信じた」日の少年の話。無くなってしまった事実。
自分だけの虚像を見つめ続けた少年。
赦されてしまった罪。
それは。
オレが見る視界なんかより、ファインダー越しに見る景色の方がずっとずっと──。
そんなものに意味なんてないはずなのに、生まれてしまった物。
それを気づくこともなく続けてしまった事。
ずっと、ずっと続いていくはずだったもの。
自然な物が、或日機械的になっていく感覚。
見ていた物が、ニセモノになっていく。
いつかの日。オレが振るったナイフでなにも傷つかなかった虚像の様に。
瞳の奥が見せた景色に、頭がただ、ただただ痛んだ。
どうしようもない、──ここにある痛みだ。