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「そこなお嬢さん、どうしなすったよ」
「……別に」
ミナト区の一角、今はなき邸宅前で。
突然メイドに話しかけられた童女は、ひどく面倒なものを見る目で――いきなり眼前に立ち塞がられたのだからそれもむべなるかなというところである――そっけなく答える。
「いやさ、何もないってことはなかろうよ」
そんな格好だぜ?――童女の身なりをまじまじと見つめながら、メイドは意地悪な声色を投げる。
それが気に障ったようで、童女の表情は一段と険しくなる。
一方のメイドは涼しい顔。心配や同情といった気配は微塵も読み取れず、それが更に童女を苛立たさせる。
「……あんたには関係ない」
そこをどけ、と言わんばかりに拒絶を多分に含んだ声色で、童女は改めて眼前のメイドを睨みつける。自分からわざわざ避けて通る気はないらしい。
「うむ、けだし正論だ。しかし――」
ふわりと軽やかに、しかし童女の反応を許さないほど素早く距離を詰めるメイド。黄水晶のような瞳が、童女の瞳を捉える。
「『これから関係者になる』のであれば問題はないね?」
流れるように童女の髪を手にとる。童女の身なりからは想像できないほどに綺麗な金髪が、メイドの手を滑り落ちる。
「は? 何を――」
勝手な。急に。変な。続きうる言葉は数あれど、どれであっても構わないというように、メイドは童女の口を遮る。
「いやなに、私もお前さんも、似たもの同士なんじゃないかと確信してるんだ。私はね」
「見かけの成長度合いに比して、やや成熟が過ぎるといった風なのがね。その格好が、言葉の紡ぎ方が、擦れ方が」
「髪の毛だってそうだ。その歳にしてはいささか長すぎるし、いやに綺麗だ」
「お前さんは歳を取らないか、ひどくゆっくり取るタチなんだろう?」
得意げな顔――今で言うところのドヤ顔だ――で言い切ったメイドに、童女は露骨に溜息をつく。それは観念とも呆れとも嘆きとも取れる響きを伴っていた。
「巷で流行りの探偵小説の物真似か?」
「まあ、あるいはそうかもしれないね。……で、真偽のほどは」
「はいはい、当たりだよ当たり」
悪態をついたところで暖簾に腕押しだろうと諦めはじめたのか、先程よりは幾分か素直な様子で、童女は答え合わせに応じた。
よしよし、と満足そうな顔を浮かべたメイドの様子が気に喰わなかったのか、舌打ちこそしたが。
「さてさて、答え合わせもしてもらったことだし……それを踏まえて、さっきの話に戻ろうじゃないか」
「私はこの足止めを喰らう前に戻りたいんだがね」
童女の抗議虚しく、メイドは続ける。
「なに、簡単なことさ。お前さん、うちで働いてみる気はないかい?」
「いや、今までの態度を踏まえて考えてほしいんだが、なんで私が応じると思った? 顔の肌に気を遣ってるか?」
「いや、今はそういう話じゃなくて」
「『面の皮が厚い』って言ってんだよ!」
頭を抱えんばかりの童女の叫びが響き渡った。
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「ごめんて」
「……」
ややあって。流石にメイドも申し訳なく思いはじめたようで、どこからともなく洋菓子を取り出して童女に差し出した。童女は黙って受け取ると、そのまま黙々と菓子を囓っている。
「いやさ、ちょーっとはしゃいじゃって」
「……」
「さっきも言ったじゃん?『似た者同士』だって」
「……」
「私もさ、歳を取らなくなったっぽくてさ」
「……」
「ずっと、心配だったんだ」
「……」
「長生きするってことは、つまりそれだけ別離の機会があるわけで」
「……」
「そんなとき、天寿に分かたれない縁があればどんなにいいだろうかって」
「……」
「だから――」
「もういい」
メイドのぽつぽつとした語りを、童女が遮る。いつの間にか菓子は食べ終えていたようで、手についたかすをぱんぱんとはたいている。
「まったく、悪い大人だな」
先程のように露骨に、しかしまた違った響きを込めて、童女は溜息をつく。
「『お前もいずれそうなるぞ』、と言わんばかりじゃないか」
「その手があったか」
「バカだろお前」
呑気なことを口走ったメイドを容赦なく罵りながら、童女は口許の食べかすを拭う。
「まあともかく、だ。その話、乗らせてもらうことにした」
「へ?」
「なんだ、嫌なのか?」
「いや、嫌ってこたないけどさ……」
さっきまでのやりとりだと脈なさそうだったし――喜びわずか、大半戸惑いといった感じで頬を掻くメイド。
「実際のところ、私もいずれ人恋しくなる日が来るかもしれない。ままならぬ別れに枕を濡らす日々が来るかもしれない」
「その時が来てから同類を探すのも骨が折れるだろうし、そもそもそんな気力が残っている保証もない」
「ならばいっそ、ここで縁を結びつつ、お前に恩を売っておくのもいいかと思い直してな」
渋々だぞ?と念を押すようにメイドに指を突きつける。
「いや、渋々でもいいや――うん、気が楽になった」
大袈裟に胸をなでおろしてみせるメイドは、しかし本当に安心しているような表情を浮かべて。
「じゃあ早速、旦那様に話を通しに行きましょうかね。急に一人増えるわけだけど、まあなんとかなるでしょ」
「……うん?」
メイドの言葉に、童女の顔がこわばる。今、こいつは何と言った……?
「もしかして、今の話、独断で進めてた……?」
「まあ、人のアテもないのに予定だけってわけにはいかないし」
「そういう大事なことは先に言え!」
その日二度目、頭を抱えんばかりの童女の叫びが響き渡った。
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