venom / 01
いやあ、頭のおかしい連中に追い回されてその後気を失って、それでこれだって?
好きな相手と逃避行の末に見知らぬ土地に辿り着いた ――
そう考えれば然程悪い気分じゃないな!
まあ伝えたら怪訝そうな微妙な顔をされてしまったんだが。うーん。
ああいう顔も見慣れたが、今後も頻繁に見せて欲しい所だな。今度改めて要望しておこう!
それにしても私最近薬やり過ぎ?俺と良く似た誰かの記憶が頭に流れ込んで来るんだけど。とうとう夢と現実の境が分からなくなったのかもしれないなあ。
でもまあ幸せそうな記憶なのでとにかくヨシ!
ヨスチアに似た学生服の子も幸せそうだったんだから、俺はそれで十分!オッケー!
っていうか正直この世界の仕組みの話を半分も聞いてなかったんだけど何がどうなってるんだい?
僕とよく似た誰かが見知らぬ世界でヨスチアと同じような見た目の誰かとよろしくやってんの?
仮にそうだとしたらば、それは物凄い奇跡で、素敵で幸福だな!
夢だとしても現実だとしても喜ばしい事なのに違いはない。
私青春ってちょっと憧れだったんだよね~!!
―― 何かヨスチアは不機嫌だけどさ。何が気に食わないんだろうね?
人生ってのはハッピーであればあるだけいい。
幸福に満ち溢れていて希望が有り触れたものであればあるだけ人生というものは充実していると言えると我輩は思うなあ!!ヨスチアはもしかしたら幸福アレルギーか何かなのかもな。まあヨスチアの生い立ちについては十分過ぎる程理解しているんだけどさ。ついついね。俺、配慮足りないしね。分かってる分かってる。言い過ぎなのが悪いって分かってるけどさ。
でも私達が悪役として括られるものだとしても二人とも化物だとしても幸福を堪能してはいけないなんてルールは存在しないだろうに。もう少しあの子は現状だとか現実だとか今そこにあるご馳走だとかに関する執着やら拘りを覚えるべきなんだよ。もっと俺達は貪欲に生きるべきだ!そもそも悪役っていつでも貪欲であるべきじゃない?諦めとは無縁!変に自分を悪役だと括って拘る癖にその辺おかしいんだよなあ。やっぱり元ヒトに近い生き物だから思考もヒトベースなの?それはそれでかわいそう。私が変えてあげなくちゃいけないな!ペットってのは飼い主に幸福と充実感と責任感とかえーっとそういうものを与えるべきもので、
(要領を得ない記述が暫し続く。
不明瞭な文字列。バグった言語。
何処の国の言語か定かではない暗号のようなものが羅列されている。)
(古いページは破り捨てられ、新しいページに新しく走る文字)
薬やって思い出した 書き留める
―― 実際の所ヨスチアが不機嫌な理由に心当たりがない訳じゃないんだよ。
少しだけ覚えてる事がある。厄介な連中に追い回されて気を失ったんじゃないんだ、
なあ、私、ひょっとしなくても
死んだだろ?
私は物凄いタフだという自覚はあるけれど、その自覚があるからこそ何らかの異変ってのは明確過ぎる程に分かるじゃないか。そうじゃなくたって長年連れ添った相方だ。彼は、彼女は、私が愛してやまない飼い主。敬愛してやまない相手。愛情を向けている相手。一生叶わない片思いの相手。目覚めて真っ先に飼い主に抱き締められてニコニコしている場合じゃなかったんじゃないか、俺は。どうして生きているのか確認された?普段は確認されないのに?どうして?おかしい、何かがおかしいんだ、ヨスチアの様子がおかしいんだよ、それが僕のせいなら、俺はペットなので責任を取るべきだし、償いをしなければいけないし、いや悪役ごっこしている場合じゃない、この世界、今まで居た世界じゃない、おかしいな、何が壊れた?どうして死んだ?死なずにずっと一緒に居るって約束を破ったのか、俺は。ヨスチアが言っている事は大嘘だ。地続きな訳がない。ここ、知らない場所だよ、ヨスチア。
私達が愛して恨んで妬んで壊そうとした世界なんかじゃない!
いやだ、帰りたい、ここは嫌い、帰ろうよヨスチア、
(要領を得ない記述が暫し続く。
不明瞭な文字列。バグった言語。
何処の国の言語か定かではない暗号のようなものが羅列されている。)
(古いページは破り捨てられ、新しいページに新しく走る文字)
…はて? 我輩は何の話をしていたんだ?
日記に酷い走り書きがあったから捨てておこう!薬をキメすぎたようだね!
どうにもヨスチア曰く『厄介な手合いに追われて此処まで来た』『周囲の連中はいつもの敵』『普段通り殺して御終いにしよう』って事らしいな。状況把握の遅い私に対して身軽で簡潔な説明たすかる。今丁度足りてなかったんだよね~。
まあつまりやる事はいつも通りって事だろう?
僕らが悪役。相手が正義。正義を打ち負かして、ハッピーエンド!
打ち負かせなくたって構いやしないさ。
どうせ私は不死。死にもしなけりゃ怪我も治る。何度も何度も傷付けられて、生きている気分になるだけ。
うーん、世界は実に上手に回っているのだな。
相変わらずヨスチアの機嫌は悪いけど、仕方ないかなあ…
――… そういえばヨスチアはいつかの小指同士の約束を覚えているのかな?
君をひとりぼっちになんかさせない。永遠に私達は『ふたりぼっち』だ。
出来の悪い口説き文句だと自分でも分かってるけどさ?
でも私はそれぐらい世界で一番ヨスチアを愛しているんだ。
だから、見知らぬ土地だとしても元気に鎖を引き続けてくれなきゃ困る。
やがて君が死んでしまう時まで、化物になり果ててしまったって、私達は一緒でいなくちゃ駄目なんだ。