
「ほらよ」
差し出された手にいくらかのPSを乗せてやる。パワーストーン、おなじみの通貨だ。
一緒に買い物に、と言われたのでそうしたのだが。
アマネは面食らった顔をした後、
「・・・むぅ。」
とだけ言ってPSを握り、後は何も言わず歩き出してしまった。
どうも対応を誤ったらしい。
そうじゃなくて・・・とかなんとか聞こえた気もしたが、どうすりゃ良かったんだ。わからん。
「石材、食材、エナジー棒、・・・エナジー棒ってのはなんなんだ、
まぁあのあぶない野菜なんかより100倍マシだろうが」
ベースキャンプと呼ばれる地点ではいくつかの物資が買える。
ハザマへ転送された直後と変わらない内容。
必要な物の目星は付けておいたが、改めて「割と優秀だな」という感想を得ていた。
少なくとも、タルタスやフリストの果実や不味い肉などより、100倍まともな物であることは間違いない。
・・・100倍?
売り物は合成してみてからだろうが、と頭の中に声が響く。
チ。
「ほらよ、アマネ。お前もいくつか調達しときな。
どうせまたしばらく通しで歩くんだからな」
行軍は数時間とはいえ、またしばらく休憩も出来ない。
一人で持てる荷物量にも限界があるので、買い物も手分けすることになる。
アマネはというと・・・まだむくれているようだが、それでも買い物はしに行くようだ。
あいつはちゃんと必要な分を買い物できるのか?
ミスったり足りなかったり余計な物買ったりしないだろうか?
後ろから付いていって様子を見るか?
なども浮かんだが、さすがにそこまで過保護になることもあるまい。
一人のミスが陣営全体にとって命取りになる・・・なんて脅したら、それこそ引きこもっちまいかねん。
ひととおり買い物を終えたあたりで、おもむろに尋ねる。
「一応聞いておくが、怒ってるか?」
「...べつに」
怒っているわけではないらしい。であれば問題はない。
「そうか。んじゃ単刀直入に聞くが、
お前は異能持ちか?
『あっち』じゃそれらしい素振りもなかった。
どんな能力があるのか把握しておきたい。
簡単にでいい、言える範囲で教えてくれ。
把握しておきたいのはお前が危険な目────」
「・・・」
答えはない。
むしろ話の途中で歩いていってしまった。
やはり怒っていたのではないか?
疑念はぬぐえないまま、仲間との合流地点に向かって歩き出す。
◇ ◇ ◇
このハザマ世界での戦闘を幾度か経験するうち、気になることがあった。
一人では気づかなかった、数人の集団で戦っているうちに浮かんできた違和感。
自分だけでは検証しようもないが、幸いここには頼れる仲間がいる。
休息がてら試しておくには丁度いい。
頃合いを見て、頼りになる仲間に声を掛ける。
「セオリ。ちょっと腕相撲しろ」
「は?」
「セオリ。ちょっと腕相撲でオレと勝負しろ」
「聞こえとるわ」
さしものセオリも困惑したらしい。
オレだって酔狂でこんな提案してるんじゃない。
理由を手短に説明してやると、「フン、よかろう」などと言って乗ってきた。
ちなみにオレ自身はセオリの捕食対象にはならないらしいが、
初対面の状況を思えば、まぁ危険視しているのは否めない。
そんなこちらの警戒をなるべく解いていると見せたいための、いわば交流ってやつだな。
「まったく、こんなときに何したいんだかね・・・
んじゃ行くよー。せーの、はじめッ」
適当な平岩に布を敷いて構え、互いに腕を掴み。
掛け声とともに力を込める。
1秒、自分が全力になっているのを確認し、
2秒、相手の顔を見て手抜きではないと確認し、
3秒、推測を確信へと変える。
両者譲らぬ戦い。
さらに数秒は力を込めていたが、組んだ手はどちらに傾くこともなく、勝負は引き分けに終わった。
「成る程。やはりな」
「・・・ふむ。」
実験結果は予想通りといったところか。
得心が行かない顔をしつつも納得した様子のセオリ。
「・・・えっと」
「あれ、もう終わり?」
外野の二人はイマイチ分かっていない様子だ。
世紀の実験をなんだと思ってやがる。
「あー、分かりやすく説明しといてやる。
今やった腕相撲ってのは、まぁ単純な力比べだな。
オレとセオリ、腕力はどっちが強いと思う?」
「セオリ」「・・・ちゃん」
「その通り。
オレの細腕じゃ、セオリの剛腕には勝てん。
しかし、今の勝負は互角だった。
セオリ、確認するが、今の勝負は手を抜いたりしていないな?」
「無論」
「だな。
腕力で勝ってるはずのコイツと、オレとの勝負。
普通にやったらコイツが勝つはずの勝負が、引き分けになる。
言いたいことが分かるか?」
「・・・あ」
コイツとはなんじゃ、みたいな抗議は気にせず話を続ける。
「な。
『力が互角になってる』んだよ、ここじゃ。
互角にされている、つった方がいいか?
オレとセオリ、アマネもサツキも、おそらく全員が、だ」
同じ相手に同じような技で攻撃を仕掛けると、同じ程度の傷を与えられる。
腕力の差に関係なく。違和感の正体はそこだった。
もちろん武器による差は当然出るだろうが、生身の力はほぼ一緒だ。「一緒にされている」。
「ワールドスワップの影響って言っときゃいいか、ハザマの特性っつえばいいか。
本人、本体の力に関係なく、同じ能力に揃えられている・・・と言ったところだろう。
俺はこの自分を本人、本体だと認識しているが、どうやら、自分と認識している仮初の姿、である可能性も考える必要があるかもしれんな。
それこそ、イバラシティに適応する人格をまるまる作り上げられる能力だ。ワールドスワップは」
仮説に過ぎんし、ただの腕相撲1回の結果で根拠も何もあったもんじゃないが。
「今気にしてんのは、
アンジニティ側だけがこんな状態で、イバラシティ側は何も影響がない、っつーパターンかどうかだな。
ハンデ背負わされてるとかだとすると、流石に笑えんぞ」
ワールドスワップの奴め、と悪態を突く。
イバラシティを相手取るのと同時に、ワールドスワップ自体への対応、対策も取り組まなきゃならんらしい。
イバラの奴らでこの違和感に気づく奴はいるだろうか。
あるいは、ワールドスワップ自体を・・・
分かりやすい説明はいつの間にか埒もない思考に置き換えられながら、
荷物をまとめ出発の準備を始めた。