
「あ、オーナー」
思わず口にしてしまってから、しまった、とボルドールは思った。
白髪に青いサングラスという派手ないで立ちのその男がボルドールの声に顔を上げた。彼はそれまで話をしていた自分の連れらしい青年と、ボルドールの同行者であるふみに一声かけてから、トコトコとボルドールの方にやってきた。
そうして、こちらの顔をまじまじと見て首を傾げてから。
「……もしかして、巌くん?」
そう言ってのけた。
本来の姿であるボルドールと、イバラシティ住民に偽装している七色巌。髪や肌の色、種族といった違いはあれど、実のところ顔立ちはほぼ同じだ。
イバラシティで日常的に接触している相手であれば、少し目を凝らせば特定できてしまう程度には。
ボルドールも、自分から声をかけてしまった段階でほぼ諦めていた。黙っているつもりだったのにそうしてしまったのは「七色巌」としての彼が勝手に喋ったからだ。ボルドールと巌は恐らく、種族や育ちといった部分を除いた、魂の性質とも言うべき部分が非常に似通っている。
だからこの時も、
「……うっス」
と、まるで七色巌本人のような返事を返してしまったのだった。
「いやあびっくりだね。巌くんがホントはボルドールくんっていうタコさんで、しかもアンジニティの人だったなんて。ワールドスワップ恐るべしって感じ……」
しみじみと語るのは、巌のバイト先の喫茶店「喫茶はねやすめ」のオーナー、関盛誠哉。
丸いフォルムに整えた真っ白な髪に青いサングラス、鳥の翼を思わせる青いストールを纏った派手な男だ。巌は彼を初めて見た際、どこかのファッション雑誌の関係者か何かと思ったぐらいである。それも偽りの記憶ではあるが。
しかし実際には素性のよく分からない、のんびりとした喫茶店オーナーであった。彼の異能『バッジー』によって生み出されたインコ的存在が、彼の周囲を飛び回りながら囀っている。
「……ボルドールでいい。あんたが思ってるよりは年寄りだ」
「そう? まあ、それを言ったらぼくもおじいちゃんなんだけどねえ」
くすくすと笑うその容貌は若いが、確かに彼の態度はどことなく年寄りめいている。おじいちゃん、という言葉にボルドールは眉根を寄せた。
「あんたもアンジニティか? あんまりあっちと変わってるようにゃ見えねえが」
「いや、ぼくはイバラシティの住人だよ。まあ、外の世界から来たタイプだけど。移住してコレに巻き込まれたって感じ」
「……じゃあ、見た目が老けない異能も持ってるとか?」
「ううん、正真正銘の二十代。……んー、まあ、向こうじゃ覚えてないだろうし、教えちゃおうかな」
そう言って誠哉は、愉快そうに目を細めた。
「ボルドール、人間の二十歳とセキセイインコの二十歳、どっちがお年寄りだと思う?」
「インコだろ、そりゃ」
「でしょ?」
「……実はインコですとか言うなよ?」
「それがねえ、そうなんだよねえ」
けらけらと笑う、その声がまさに鳥の囀りそのものだったので、ボルドールは思わず目を瞬いた。
「『バッジー』の本当の効果は『人間に化ける』こと。この子たちはその副産物だね。ぼくの生命エネルギーが漏れ出したのを成形してる」
「……何でまた、人間のふりを?」
「ぼくの出身世界ではね、寿命より長生きした生き物は何らかの異能に目覚めることが多かったんだ。みんなは神通力とか呼んでたけど……ぼくの場合は、それが人間になることだったって訳だね」
そう言ってから、誠哉は「ただねえ」とため息をついた。
「そうなると色々トラブルになっちゃうんだよ。異能に目覚めた子は知性も人間並みになるから……だから、ぼくが働いてる組織はそう言う元動物だった子たちや、異能で迫害されたりしてる人たちを保護して、不自由なく暮らしていけるように支援をしてるんだ。イバラシティへの移住もその一環だったってわけ」
「じゃあ、『はねやすめ』は」
「イバラシティでの拠点のひとつだね。実は結構、関係者の人も来てるんだよ。あ、コレは他の人には内緒ね!」
誠哉がそんなことを言いながら口元に人差し指を立ててみせるので、ボルドールは思わず笑ってしまった。
「あっちじゃここのことは覚えてねえよ、安心しろ」
「そ、そう言えばそうだったね……」
気まずそうに頭を掻いていた誠哉だったが、不意に真面目な顔になって、ボルドールの方を見た。思いの外、鋭い目をしていた。
「そんな訳で、イバラシティを侵略されちゃうと困るんだけど……ボルドール、君はイバラシティ側に味方してるって聞いたよ。それは本当?」
「……まあ、そうだな。乗るつもりはない。だからあんたらと敵対する気はねえよ」
「……それなら、いいんだけど」
息を吐いた誠哉だったが、その表情がふ、と曇る。
「……全部終わって、イバラシティ側が勝ったら……巌くんは、君は、いなくなっちゃうのかな」
「……ほんとは居ねえ奴が間借りしてるんだ。そうなるわな」
「ねえ、ボルドール。ぼくが聞くのも、おかしいかもしれないんだけど」
誠哉が、人間にしか見えないその顔が、ボルドールを見つめて言った。
「……君は、それでいいの?」
ボルドールは、ただ曖昧に笑うことしかできなかった。