
「だからですね、今の山林マップですよ。
あんな隙の大きい機体で出るバカがいるかってんですよ」
「ッせ馬鹿!気に入らねンだったら家帰って全国マッチやってろよ!」
塩釜が机の下から吉村の脚を小突く。
見た目は細いくせに、それが繰り出すキックは地味に痛いのを俺は知っている。
空き教室。
冬至は過ぎたがまだ日は短い。
既に液晶のライトが眩しいくらいだ。
「ヤンキーがオタクに半ギレかっこわるい」
俺はスマホから顔を上げないまま、二人が対戦しているのを横から割り込む。
何をしているのか尋ねられたので、「周回」と返す。
「五七五」
指摘で意図せず一句詠んでしまったことに気付き、三人で大笑した。
「つーかね、塩釜クンも結構なオタクですよ」
吉村の言うことも最もだと思う。
オタクでなければ、圧倒的不利な地形で贔屓の機体を貫き通すという、
マゾいポリシーなど持ち合わせないはずだ。
だけれど塩釜は、不本意だという顔で『誰がオタクだコラ』などと言って凄む。
一昔前ならともかく、今こいつのこんな顔を見てもまったく怖くはない。
「オタクってもっと突き抜けた連中のことじゃねぇか?
元ネタ調べるうちに歴史研究家かってくらい刀に詳しくなっちまうやつとか、マイナー作品の映像化に痺れを切らして自主制作でアニメ作っちまうやつとか、そういう気持ち悪いくらいの情熱持った奴等のことじゃねぇか?」
オタク特有の早口。
なんだかよくわからないが、彼のオタクに対するある種の神聖視はどこから来ているのだろう。
そういうところがオタクっぽいというのに。
「じゃあ俺らもオタクじゃないってことか?」
自分で言うのもなんだが、俺も吉村も典型的な消費型だ。
放課後の空き教室に集まってすることが『コンシューマーゲームの対戦』や
『ソシャゲの周回』であることからも明らかであると思う。
塩釜の定義からすれば、俺達はこれといって特化した趣向のない
暇を持て余した一般人ということになる。
「お前らは顔が気持ち悪いからオタクだよ」
///////////////////////////////////////////////////////////////
――Side : SHIOGAMA
3本先の街頭が不規則に明滅している。
テナントの看板から文字が剥がれ落ちて、読解不能になったビルの裏を過ぎる。
「――――。」
歩きながら右手のスマホを操作して、アプリゲームを起動させた。
タイトルは、『不毛世界のソルティーユ』。
――夕飯のラーメンは何故か"オレ"が菊池と吉村に奢ることになった。なんでだ。
まあ一年くらい前よりはマシである。
「そると、"クエストオーダー"」
そるとはゲームの中のキャラクターで、ナビゲーション役だ。
こいつを育て、魔女の力を取り戻してやるのがゲームの目的。
――あの頃対戦のあとは毎度あいつらの方から奢らせてくれと申し出があって、
その度脅しつけて割り勘にしなければいけなかった。
後になんであんなことしていたのかと聞くと、
「奢らないとあとで接待料請求されると思った」というのだ。
そこそこショックだったので、今の遠慮のなさはむしろ心地良い。
"――Quest Announcemet."
"……2つ目の角を、曲がって。"
スマホから音声が返ってきた。
指示に従って寂れた居酒屋通りから2つ奥の路地に侵入する。
ここは、通りと通りのちょうど裏側。
明かりはスナックの裏口灯くらいの薄暗い場所。
そこには、
"――Encounter."
今日の『標的』がいる。
15m先に、直立する大きな影。
オレも決して低い方ではないが、相手の方が10cmは上背があるし、体格もいい。
虚ろな眼をしたそれは、まるで蝋人形のように生気がないが、こちらを認めると
猛スピードで突進してきた。
――吉村はまたあのマップで戦うことになれば、間違いなく同じ機体を使ってくるだろう。
勝ちに貪欲なやつなのだ。勝つために手段を選ばないともいう。
どんなゲームでも、やつ個人の好みに関係なく一番「勝てる」キャラを選択してくる。
チート級だろうがお構いなしだ。
だが、今日の対戦であのマップの研究は完成した。
吉村には悪いが、明日はオレが勝つだろう。
戦車のような大男が振りかぶる腕を避け、肩に向けて突き出した腕を支点に突進を躱す。
「そんな "隙の大きい"攻撃喰らうかよ」
受け流すように突き飛ばした巨体が、勢い余ってコンクリートに倒れた。
さあ、今日も始めよう。
 |
塩釜 「レベリング スタート」 |