チッ──
チッ──
チッ──
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「ぅ、ア──!?」 |
時計の長針が12を刺すと同時に、突如襲い掛かる頭痛。
空っぽだった脳内に、知らない誰かの記憶がなだれ込んできた。それも"2人"分。
ぐらりと歪む視界。立っていられず、膝をついて崩れる。
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『ね~なんかいいにおいするよ~。ちょっとたんけんしよ~。』 |
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『なんかこわいからやだよ……かえろうよ……。』 |
ザーーーーーー
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『ラスクもれいとうこしたらいいの?』 |
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『えー……それはおかしだからいいんじゃない? わかんないけど……。』 |
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「ウ、ぅ……ッぐ……!」 |
額に汗が滲む。地面に頭を押さえつけるようにして悶える。
そんな必死の抵抗も虚しく、記憶の濁流は弱まる気配すらない。
まるで走馬灯のように、頭の中を数年分の記憶が痛みと共に駆け巡る──。
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『ね、ね、クマさんとネコがいる!』 |
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『のぞいちゃだめだってばっ!おみせなんだから!メーワクになるからっ、ねえ!』 |
ザーーーーーー
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『ゴミあったよー! これゴミね。あといらないやつー。』 |
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『ああ! これっ、いらなくないよっ!すてないやつ!』 |
頭の中で、声と映像が何重にも重なっていく。
あり得ない情報量に脳が押しつぶされて、自分の形すらわからなくなっていく。
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『■!こっちこっち!』 |
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『ま、まってよ、■!』 |
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「──ッぁあ!」 |
途端、記憶の再生は終わった。同時に痛みも消えていく。どうやらこれ以降の記憶はないようだ。
全身の力がドッと抜け、崩れるように仰向けになる。
肩で息をしながら、額の汗を袖で拭った。泥だらけだ。
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「っは、はぁ、はぁッ……。」 |
横になったまま、先ほどの記憶を自分なりに整理する。
自分より二回りは小さい子供の記憶だった。どちらも見覚えはない。
恐らくあの2人は兄妹なのだろう。姉弟かもしれないが。
記憶はなくとも知識はあるから、なんとなく想像はつく。
記憶の世界はイバラシティというようだ。この世界と似ているようで、まるで違う。
平和と秩序に守られた、きっと正しい世界だ。
そういえば、今の自分はイバラシティのために戦うということになっているらしい。
胡散臭い男が言っていた。つまり、あの世界を守るために戦うということか。
他にも色々と得られたものはある。
けれどそれはイバラシティのための情報であって、今の自分の状況を打破する手掛かりには到底なりそうにない。
その上、記憶が混濁しているのか、自分の脳がバグを起こしているのか、2人の記憶は時折交差し、入れ替わっているようだ。お蔭でややこしい事この上ない。
記憶の中に自分が出てくることはなかった。
仮にいたとしても、自分のこともわからないので気が付くわけはないのだが、本能的に、この記憶に自分はいなかったと理解する。
だとしたら何故、流れてきた記憶はこれなのか。
夢や妄想にしては聊か現実味が過ぎる。きっと実際に、どこかの世界で本当にあったことなのだろう。
この子供たちと、自分と、何か関係があるのだろうか。
それともランダムに、どこかの誰かの記憶が飛んできただけなのか。
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(……それは、ないか……。) |
ようやく呼吸が整ったころ、疲れ果てた身体をなんとか起こした。
髪も服も砂と土でまみれている。
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「うえ……きたない……。」 |
身体中を叩いて、飛んで、できる限りの汚れを落とす。
それから大きく深呼吸をして、自分自身に渇を入れる。
なにはともあれ、情報が増えたのはいいことだ、と思うことにした。
守るべき世界、イバラシティ。
自分がここで頑張ることで、あの世界を──あの2人の子供を守れるなら。
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(ヒーローみたいで、かっこいいじゃん?) |