真っ黒な路地裏。
真っ暗な路地裏。
ここから、表通りは見えない。
四角く切り取られた断片しか見えない。
音は届かない。
まるで、根こそぎ切り取られたよう。
誰もこっちを見ない。
誰もこっちに気付かない。
きっと、こっちも向こうを見ていない。
『それ』
『それ』は、泥濘にいた。黒く塗りつぶされた、闇色の井戸底。
路地裏の奥。街灯の光も届かない、街の片隅。
何者からも否定される底。
『それ』は、ただ、そこで……膝を抱えて座っている。
真っ黒な髪を結えもせず、前髪の隙間から『向こう』を見る。
光り輝く向こう。街と街の狭間からも除く、フェンスの茨の向こう側。
ただ、じっとりとみている。
ただ、ゆっくりとみている。
嘘だらけのその町を。
何一つ真実などない、その街を。
誰もが真実から目を背ける、茨の街。
否定から目を背け、狭間から目を背け、ただ『今』を貪る街。
嘘だらけの今を……ただただ、大量消費する街。
茨に触れても、誰も彼もが痩せ我慢をしている。
誰も彼もが、傷から目を背けようとする。
穢れから。血から。痛みから。
今日も、鈍色の月が昇る。
上天に映る月の光はやはり、底には届かない。
『それ』は闇の井戸底で……目を細める。
本人は、笑ったつもりだった。
路地裏を、うろつく。
誰と出会う事もない。
誰とも出会っていないのだから、当然だ。
誰も『それ』を知らない。
『それ』も誰も知らない。
誰を知ることもない。
知る必要もない。
知ったところでどうせお互い嘘しか吐かない。
この街では……誰も彼もが、嘘吐きだ。
本当なんてどこにもない。
誰も彼もが、狭間から目を逸らす。
叫びから目を背ける。
自分の叫びが最優先なのだから、仕方がない。
当然だ。
『それ』は、『それ』だって同じことでしかない。
今日も、静かに狭間で叫ぶ。
それすらも、きっと嘘なのだろう。
『本当』なんて此処にはない。
此処にあるのは嘘ばかり。
どこもかしこも嘘だらけ。
『本当』なんて、どこにも居場所がない。
『本当』なんて、誰も求めてない。
そこにあるのは嘘ばっかり。
やさしく、楽しい、嘘ばかり。
でも、それでいいじゃないか。
嘘でもなんても、楽しいなら……それで何が悪いのだろう。
嘘は悪徳といいながら、誰も彼もが嘘をついている。
嘘の街で生きて、嘘の学校に通って、嘘の日常に溺れている。
じゃあ、それで何が悪いのか。
わからない。
わかりたくもない。
だって、私は嘘しか知らないから。
嘘の中でしか、生きられないから。
本当なんて、何もこっちにくれなかったから。
きっと、みんなそうなんだと思うけど。
誰も彼も、きっと一緒なのだと思うけれど。
きっとみんな、底で喘いでいる。
誰一人の例外もなく。
――この街の、狭間の中で。