
話は、僕の「最初の生」にまで遡る。
いったいどれくらい遡るかはもう覚えていない。
遠い、遠い、記憶の彼方。
僕の故郷――霊庭は、この世の生を終えた魂とあらゆる叡智が集う場所。
鬼族(きぞく)と呼ばれる者達が治める、いわゆる死後の世界だ。
鬼族と一口で言っても、その姿は様々だ。
昔話に出てくるような角の生えた巨漢もいれば、人間そっくりの一族もいる。
ちなみに僕の一族――『珠』の鬼族は、異界からやってきた龍の血を引いているらしい。
その証拠といってはなんだが、一族の者は頭の横から龍や鹿のような角が生えている。
そして『珠』の鬼族は、現在三つの家が残っている。
まず、僕の生家であり『珠』の筆頭家門である「奴奈川」。
次に、先祖である龍の血を一際濃く引いている「綿津見」。
最後に、帝への忠誠は群を抜いている武門の家「香嶋」。
なぜ奴奈川が筆頭とされているのか。
それは我が家が霊庭の西方を護る最高位の神獣「西方白虎神」の寵愛を受けているからだ。
東方蒼竜神、西方白虎神、南方朱雀神、北方玄武神――そして、帝を護る黄龍神。
この五柱の神獣を、我々鬼族は「五神」と呼んでいる。
僕と妹の螢は、奴奈川の当主であった母と、異界からやって来た神社の宮司との間に生まれた。
奴奈川はかつて、白虎神の宝具を巡る御家騒動がきっかけで取り潰されたらしい。
母は記憶を消されて異界へと追放され、そこで宮司をやっていた父に拾われたという。
やがて霊庭に戻ってきた母は、父や知己の鬼族の協力を得て御家復興に取り掛かった。
その中で徐々に父に惹かれていき、やがて結婚したと聞いている。
だが、古来より鬼族の社会は血統を重視していた。
より血が濃い鬼こそが強く、貴いものであるという価値観。
だから異世界からの来訪者との婚姻は、決して歓迎されるものではなかった。
そして僕と妹が冷たい眼で見られ、疎まれるのも当然の帰結というものだった。
ある日のことだ。
我が家に綿津見家の人々が遊びに来た。
そこで僕は後に親友となる「蓮」と知り合ったんだ。
「なんじゃおまえ!そがぁにしけたつらしよって。もちぃとわらえや!」
当時の僕はいつも仏頂面だったらしく、それを見かねた蓮がそんなことを言ってきた。
僕は余計なお世話だと思って、蓮のことを無視し続けた。
螢は蓮に懐いたみたいで、いつも後ろをついていっていたが。
それからというもの、蓮はちょくちょく我が家に遊びに来ては、僕と螢を遊びに連れて行った。
山に行ったり、川に行ったり、街に行ったり、海に行ったり。
蓮はいつも笑顔だった。
当時は何がそんなに楽しいのかと思ったが、今になって考えてみれば、
おそらく僕と螢を気づかってくれていたのだろう。
他の鬼族から冷遇されている僕達を、笑顔にしようとしてくれていたのだと思う。
「おっ、やっとわろうたな!ほうじゃ、それでええんじゃ!」
あれは何だっただろうか。
確か、三人で雪だるまを作っていた時だっただろうか。
丘の上から雪玉を転がしていた蓮が、それに巻き込まれて自分が雪だるまになってしまったのだ。
それを見た螢はびっくりして蓮に駆け寄って、助け出そうとしていた。
そう、その時僕もやれやれと思いながら、螢と一緒に蓮を助け出したのだった。
おそらく、僕はその時笑っていたのだろう。
きっと、楽しかったのだ。
「ああ……そのすがたは、おもしろいぞ」
その時から、僕は蓮と喋るようになった。
蓮が引っ張り、螢が付いてゆき、僕が見守る。
そんな三人の楽しい日々が、ずっと続くと思っていたんだ。
そう、思っていたんだ。